※画像はイメージです。加納城
Kano Castle
加納城は慶長7年(1602年)築城開始(資料により慶長6年とも)、幕末まで存続に築かれた中部の名城。城主は奥平信昌(初代)、宝暦6年(1756年)以後は永井氏(Okudaira Nobumasa (first lord); the Nagai clan from 1756)。
概要
概要
加納城は、岐阜県岐阜市加納丸之内にあった平城である。関ヶ原の戦い(1600年)の後、徳川家康が再築・拡張した。本丸・二ノ丸・三ノ丸・南丸があり、河川と堀に囲まれる。1983年に国の史跡に指定された。
前身と再築
前身は、美濃守護土岐氏の執権・斎藤利永が築いた城とされる。その後、家康が本多忠勝に築城を命じ、廃城となった岐阜城から天守などを移したと、岐阜市は伝えている。慶長7年(1602年)に築城を始め、3年後に完成したとされる。築城の開始年は資料により慶長6年(1601年)とするものもある。
城主
初代城主は、家康の娘・亀姫の婿である奥平信昌である。宝暦6年(1756年)に永井氏が入封し、幕末まで続いた。
構造
本丸、堀、石垣、土塁がよく残る。岐阜市の解説では、水堀の堀底に設けた「堀障子」が特徴とされる。
現況
岐阜市が管理する史跡である。
刀剣との関わり
なし
見どころ
- 美濃守護土岐氏の執権・斎藤利永が築いた城を前身とする
- 関ヶ原の戦い後、徳川家康が再築・拡張した近世平城
- 本丸・二ノ丸・三ノ丸・南丸と河川・堀に囲まれた構え
- 高い石垣と堀障子が残る
- 1983年に国指定史跡
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。