※画像はイメージです。岩殿城
Iwadono Castle
岩殿城は戦国時代(15〜16世紀)に築かれた中部の名城。城主は小山田氏(武田氏家臣)→ 小山田信茂(Oyamada clan (Takeda retainers) → Oyamada Nobushige)。
概要
岩殿城(いわどのじょう)は山梨県大月市に所在する戦国時代の山城で、標高634mの岩殿山の断崖絶壁を利用した難攻不落の天然要害として知られる。武田氏の有力家臣・小山田氏の居城として整備され、最後の城主・小山田信茂(おやまだのぶしげ)の時代に最盛期を迎えた。天正10年(1582年)の武田氏滅亡時、主君・武田勝頼が岩殿城への落ち延びを図ったが、信茂は勝頼を裏切って入城を拒否したため、勝頼は天目山(景徳院)で自害する悲劇が生じた。信茂自身もその後に織田信忠に処刑され、岩殿城は廃城となった。垂直に切り立つ岩盤と残存する石積みの遺構が往時の堅固な守りを今に伝え、大月市の象徴的な景観としても名高い。
刀剣との関わり
岩殿城は武田氏と深く結びついた城であり、武田家と日本刀の関係は戦国刀剣史において重要な位置を占める。武田信玄は刀剣の収集・鑑定に熱心で、信玄ゆかりの名刀は複数の国宝・重要文化財に指定されている。また甲州(山梨)は古来より「甲州鍛冶(こうしゅうかじ)」と呼ばれる刀工集団が活動した地で、武田氏の軍需を支えた在地の刀工文化が根付いていた。小山田信茂が守った岩殿城はそうした武田の刀剣文化圏の最前線に位置し、武田滅亡という戦国史の転換点を体現する遺跡である。
見どころ
- 岩殿山の断崖絶壁 — 標高634mの垂直岩盤が天然の要害を形成、城跡と富士山の眺望が絶景
- 石積み遺構 — 丸山公園付近に残存する戦国期の石積み・土塁跡
- 武田勝頼ゆかりの地 — 勝頼が落ち延びようとした悲劇の場、武田氏滅亡の歴史を辿る
- 岩殿山ハイキングコース — 大月駅から登山口まで徒歩圏内、富士山展望スポットとしても人気
- 景徳院(甲州市) — 武田勝頼の自刃の地、武田氏の菩提寺として刀剣奉納の伝承が残る
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。