※画像はイメージです。美濃金山城
Mino Kanayama Castle
美濃金山城は天文6年(1537年)築城(烏峰城)、その後金山城へ改称に築かれた中部の名城。城主は森可成 / 森家(Mori Yoshinari / Mori clan)。
概要
美濃金山城は、岐阜県可児市兼山にあった山城で、古城山(烏峰山、標高276メートル)の山頂に築かれた。天文6年(1537年)、斎藤正義が築いた烏峰城を起源とし、その後、織田信長の家臣・森可成が城を改修して「金山城」と改称した。2013年に国史跡「美濃金山城跡」に指定され、2017年には続日本100名城(143番)に選定された。
築城背景
美濃金山城の前身は、天文6年(1537年)に斎藤正義が古城山山頂に築いた烏峰城とされる。その後、織田信長の家臣として美濃・尾張方面を統括した森可成が城を接収・改修し、名称も金山城に改められた。
城主変遷
森可成の没後、子の森長可、さらに森蘭丸(森成利)を輩出した森氏の居城として知られる。森蘭丸は織田信長の小姓として仕え、本能寺の変で信長に殉じたことで知られており、金山城はその出身地のひとつに数えられる。森長可は小牧・長久手の戦いにも参陣するなど、森氏の勢力拡大の拠点として機能した。
構造・防備
城内には土塁、井戸、堀切などの遺構が残る。城が破却された際、建築部材の一部は近隣の城郭へ転用されたと伝えられており、いわゆる「破城」の痕跡を示す事例として知られる。
現状と保全
2013年に国史跡「美濃金山城跡」として指定され、以後、可児市により保存整備事業が進められている。石垣、堀切、土塁などの遺構を城山一帯で確認することができる。
刀剣との関わり
見どころ
- 国史跡・美濃金山城跡 — 2013年指定
- 続日本100名城143番 — 2017年選定
- 森蘭丸ゆかりの地 — 森可成・森長可・森蘭丸を輩出した森氏の居城
- 破城の跡 — 建築部材の一部が他城へ転用されたと伝わる遺構
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。