※画像はイメージです。大溝城
Omizo Castle
大溝城は天正6年(1578年)築城、慶長8年(1603年)に廃城になったとされる、元和5年(1619年)以降は大溝藩に築かれた関西の名城。城主は織田信澄(築城)、のち分部氏(大溝藩)(Oda Nobuzumi (builder); later the Wakebe clan (Ōmizo Domain))。
概要
概要
大溝城は、滋賀県高島市大溝にあった水城である。天正6年(1578年)に織田信長の甥・織田信澄が築いた。内湖の乙女ヶ池を堀として利用した構えである。
築城と廃城
慶長8年(1603年)に廃城になったとされる。
大溝藩
元和5年(1619年)に分部光信が大溝に入り、本丸の北西の地に陣屋を置いた。以後、明治維新まで約250年続いた。
現状
天守台跡と考えられる石垣が乙女ヶ池の畔に残る。大溝陣屋総門は高島市の重要文化的景観拠点施設である。周辺一帯(大溝の水辺景観)は2015年1月26日に国の重要文化的景観に選ばれた。総門は2024年(令和6年)に復原オープンした。
刀剣との関わり
なし
見どころ
- 天正6年(1578年)に織田信澄が築いた水城
- 内湖の乙女ヶ池を堀として利用した構え
- 天守台跡と考えられる石垣が乙女ヶ池の畔に残る
- 元和5年(1619年)に分部光信が入り、陣屋を置く
- 大溝陣屋総門は高島市の重要文化的景観拠点施設
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。