※画像はイメージです。新宮城(丹鶴城)
Shingu Castle (Tanzuru-jō)
新宮城(丹鶴城)は江戸時代(元和4年〈1618年〉築城開始、寛文7年〈1667年〉完成)に築かれた関西の名城。城主は浅野忠吉(築城)、水野重仲(重央)以降水野氏10代(Asano Tadayoshi (founder); Mizuno Shigenaka and 10 generations of the Mizuno clan thereafter)。
概要
築城
新宮城は元和4年(1618年)、紀伊国主・浅野長晟の重臣であった浅野忠吉により、熊野川河口右岸の丹鶴山に築城が開始された。別名「丹鶴城」「沖見城」とも呼ばれる。
城主の変遷
浅野氏は元和5年(1619年)に備後三原へ転封となり、入れ替わりで紀州徳川家初代・徳川頼宣の付家老として水野重仲(重央)が新宮領主となった。以後、水野氏は10代にわたり明治維新まで新宮を治めた。3代・水野重上の代の寛文7年(1667年)に近世城郭として完成した。
構造
本丸・出丸・鐘ノ丸・松ノ丸・二ノ丸・水ノ手からなる縄張りで、本丸には望楼型3層5階の天守が築かれた。熊野川に面した北側には水ノ手(船着き場)が設けられ、熊野川水運と直結する城として機能した点が特徴である。
現状
城跡は2003年8月27日、水野家墓所とあわせて「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定された。現在は「丹鶴城公園」として整備され、天守台や石垣などの遺構が良好に残る。2017年には続日本100名城(167番)に選定された。
刀剣との関わり
見どころ
- 熊野川河口の丹鶴山に築かれた近世城郭、別名「丹鶴城」
- 水野家墓所とあわせ2003年に国指定史跡「新宮城跡附水野家墓所」に指定
- 望楼型3層5階の天守台と熊野川水運に直結する水ノ手が特徴
- 2017年、続日本100名城(167番)に選定
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。