※画像はイメージです。赤木城(北山城)
Akagi Castle (Kitayama Castle)
赤木城(北山城)は安土桃山時代〜江戸時代初期(天正17年(1589年)築城)に築かれた関西の名城。城主は藤堂高虎(築城)、紀州藩(Tōdō Takatori (founder), Kishu Domain)。
概要
赤木城は三重県熊野市の山深い紀和地区に位置する山城で、別名「北山城」とも呼ばれる。天正17年(1589年)頃、名将・藤堂高虎が北山一揆の鎮圧と紀伊山地の支配強化を目的として築いた。急峻な山腹を巧みに利用した縄張りと、野面積みの石垣が特徴で、現存する石垣は技術的完成度が高く、高虎築城術の真髄を示すとされる。北山地域は古来より林業・炭焼き・金山で知られ、一揆勢力が根強かったが、赤木城の完成により藤堂氏はこの地を制圧した。関ヶ原以降は紀州藩領となり、山間僻地の監視拠点として維持されたが、江戸時代中期以降は実質的に廃城状態となった。現在は国指定史跡として保存され、往時の石垣・曲輪が良好な状態で現存する。周囲の棚田と山城の風景が織りなす景観は「日本の原風景」として名高く、NHKの時代劇ロケ地としても使われた。紀伊の山刀(串本打ち・田辺打ち)と深い縁を持ち、北山地域の鍛冶師が林業用の鉈・山刀から日本刀へ転じた歴史が残る。
刀剣との関わり
紀伊半島南部の鍛冶は古くから林業・農業用の刃物製作を得意としており、こうした打刃物の技術は山間部の暮らしを支える基盤であった。
見どころ
- 藤堂高虎の築城技術の傑作
- 国指定史跡で石垣が良好に現存
- 棚田と城跡が織りなす絶景
- 北山一揆鎮圧の歴史舞台
- 紀州刀工文化との縁
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。