※画像はイメージです。桑名城
Kuwana Castle
桑名城は江戸時代(1601年築城)に築かれた関西の名城。城主は本多忠勝・松平(奥平)氏(Honda Tadakatsu; Matsudaira (Okudaira) clan)。
概要
概要
桑名城は三重県桑名市に位置する平城で、伊勢湾に面した揖斐川河口の要衝に築かれた。1601年(慶長6年)に徳川家康の命によって本多忠勝が入封し、大規模な城郭整備を開始したことで知られる。城は近世城郭として整備され、4重6階の天守を中心に24基の二重櫓が立ち並ぶ壮大な規模を誇った。「七里の渡し」の船着場を城内に取り込んだ海城としての機能も持ち、伊勢湾の海上交通を掌握する戦略的拠点として機能した。
歴史
桑名の地には中世から水運の要衝として集落が形成されており、戦国時代には長島一向一揆の根拠地が近隣に存在していた。本能寺の変後、豊臣政権下において氏家行広・一柳直盛らが城番を務めた。関ヶ原の戦い(1600年)で東軍に貢献した本多忠勝が十万石で入封し、1601年から本格的な築城工事を開始した。忠勝の死後は子の忠政が継ぎ、以後は松平(奥平)氏が幕末まで藩主を務め桑名藩10万石の城下町として繁栄した。幕末には藩主・松平定敬が京都所司代として幕府方に立場を取ったため、戊辰戦争(1868年)で桑名藩は朝敵とされ、城は明治維新後に解体・廃城となった。現在は九華公園として整備され、城址に蟠龍櫓が復元されている。
城の構造と特徴
築城当初、城は揖斐川の河口デルタに立地し、水堀と伊勢湾を天然の堀として利用した典型的な「水城」であった。4重6階の天守は当時の東海地方でも屈指の規模とされ、24基の二重櫓が本丸・二の丸・三の丸を囲む複雑な縄張りを形成していた。「七里の渡し」東の玄関口として、伊勢街道を行き交う旅人や商人の往来が絶えず、城下町は東海道との結節点として経済的にも栄えた。石垣は野面積みと算木積みを組み合わせた構造で、その一部が現在も九華公園内に残存している。
刀剣との関わり
初代城主・本多忠勝は「徳川四天王」「徳川十六神将」に数えられる最強の武将の一人として知られ、生涯57回以上の合戦に参加しながら一度も傷を負わなかったと伝えられる。愛用した名槍「蜻蛉切(とんぼきり)」は天下三名槍の一つに数えられ、現在は佐野美術館(静岡県三島市)に寄託されている。本多家の武家文化が城下に根付いたことで、桑名周辺では武具・刀剣を扱う職人の集積が進んだとされる。また、伊勢湾を介した交易路上にあったことから、刀剣の流通ルートとしても機能した。
アクセスと現状
現在は九華公園として整備され、石垣・堀の一部と復元蟠龍櫓が残る。近鉄名古屋線・桑名駅またはJR関西本線・桑名駅から徒歩約15分。入園無料。
刀剣との関わり
初代城主・本多忠勝は徳川四天王の筆頭格。天下三名槍「蜻蛉切」の持ち主として著名で、武家文化の城下への根付きが刀剣職人の集積を促した。
見どころ
- 本多忠勝が築いた伊勢湾最大の水城
- 4重6階天守と24基の二重櫓
- 「七里の渡し」を城内に取り込んだ海上交通の拠点
- 天下三名槍「蜻蛉切」を持つ本多忠勝の居城
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。