※画像はイメージです。三田城
Sanda Castle
三田城は室町時代後期〜明治に築かれた関西の名城。城主は有馬氏・荒木氏・山崎氏・有馬則頼・松平重直・九鬼氏(江戸期240年)(Arima clan; Araki clan; Yamazaki clan; Arima Noriyori; Matsudaira Shigenao; Kuki clan (approximately 240 years in the Edo period))。
概要
概要と立地
**三田城**は兵庫県三田市の市街地中心部に所在した摂津国の城郭である。武庫川右岸の舌状台地上に立地し、台地の三方が高さ約20メートルの崖となる天然の要害地形を活かして築かれた。江戸時代には三田藩(別名:九鬼藩)の藩庁が置かれ、九鬼氏が約240年にわたって治めた城下町の中核を担った。現在は兵庫県立有馬高等学校と三田市立三田小学校の敷地となっており、石碑が立つのみで建造物は残っていない。
築城と室町・戦国期
三田城の起源については複数の説があり、確実な史料は少ない。一説には摂津有馬氏が室町時代に築城したとされ、南北朝の動乱期から有馬氏が周辺地域を支配していたことと符合する。
戦国時代の天正年間(1573〜1592年)、荒木村重の家臣・荒木平太夫が三田城に入り支配した。天正6年(1578年)、荒木村重が織田信長に反旗を翻すと(有岡城の戦い)、村重の勢力圏にあった三田城も織田方による攻略の対象となった。荒木氏の支配が終わると、池田氏・三好信吉(豊臣秀次)らが入城し、天正10年(1582年)以降は近江から入った山崎片家(2万2千石)が入封して城の整備を進め、息子の山崎家盛が城主となって近世城郭としての体裁を整えた。
江戸初期の変遷
関ヶ原の戦い(1600年)後、三田周辺は徳川方の諸大名に再編された。慶長6年(1601年)、有馬則頼が2万石で入封し、20年にわたって三田を治めた。その後、松平重直(寛永3年・1626年入封、3万石)が入城したが、わずか7年後の寛永10年(1633年)に転封となり、代わって志摩国鳥羽城から九鬼久隆が3万6千石をもって三田に移封された。
九鬼氏の統治(1633〜1871年)
寛永10年(1633年)以降、九鬼氏は明治4年(1871年)の廃藩置県まで約240年間にわたって三田を治め続けた。九鬼氏はもともと伊勢国志摩の水軍豪族として名を馳せた一族で、「九鬼水軍」として豊臣秀吉の朝鮮出兵でも活躍したことで知られる。しかし三田への移封後は内陸の藩主として農政・文化行政に転じ、藩政の安定に努めた。
三田城は幕府から「城」と公認されておらず、正式には「三田陣屋」と称された。これは九鬼氏が3万6千石の大名でありながら、城の保有が禁じられる幕府の統制方針の下で陣屋形式をとったためである。陣屋の主郭(本丸)は東西100メートル・南北150メートルの長方形で、東に1ヶ所・西に2ヶ所の空堀で区画されており、堅固な土塁と堀が防御を担っていた。
九鬼氏の治世下で三田は城下町として整備され、商業・農業ともに発展した。幕末には藩内でも尊皇攘夷論が高まり、九鬼氏は明治維新後の版籍奉還(1869年)・廃藩置県(1871年)を経て藩主の地位を失った。
刀剣・武具との関わり
九鬼水軍の末裔として三田を治めた九鬼氏は、武家の矜持として刀剣を重視した。九鬼氏の歴代藩主が所持した刀剣の一部は、三田の九鬼家に伝来したと考えられる。九鬼水軍時代の遺品として、船戦に使われた武具・刀剣類の伝承が残っており、水軍ならではの短刀・脇差の使用が記録されている。
また戦国期の三田城においては、荒木氏・山崎氏・有馬氏と城主が目まぐるしく交代したため、その都度武具・刀剣の移動や接収が行われたと推測される。摂津国は古来より豊かな鉄器生産地帯であり、三田周辺にも鍛冶師の活動が確認されている。
現状
現在、三田城跡は兵庫県立有馬高等学校(二の丸跡)と三田市立三田小学校(本丸跡)の敷地に包含されており、城郭建造物はすべて失われている。学校の敷地内および周辺に石碑が設置され、かつての城の存在を伝えている。内堀跡は一部が残存し、往時の城域を偲ぶことができる。また黒門(城門の一つ)は金心寺に移築保存されており、三田城の遺構として見学可能である。歴代藩主の墓は心月院に保存されている。
刀剣との関わり
九鬼水軍の末裔として知られる九鬼氏が約240年統治。船戦に特化した短刀・脇差の使用が記録される九鬼水軍の武具伝統が三田藩に継承された。摂津国の鉄器産地としての歴史的背景とともに、荒木氏・山崎氏・有馬氏・九鬼氏と続く城主交代ごとに刀剣の移動・接収が行われたと推測される。
見どころ
- 九鬼水軍の末裔・九鬼氏による約240年の統治(1633〜1871年)
- 武庫川沿いの舌状台地を活かした天然要害の地形
- 移築保存された黒門(金心寺)
- 荒木村重の反乱(天正6年)との関連
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。