※画像はイメージです。谷田部城(谷田部陣屋)
Yatabe Castle (Yatabe Jinya)
谷田部城(谷田部陣屋)は中世の城に始まり、元和5年(1619年)に細川興昌が陣屋を築いたに築かれた関東の名城。城主は谷田部氏・岡見氏・多賀谷氏(中世)/細川氏(江戸時代の谷田部藩)(Yatabe, Okami and Tagaya clans (medieval); Hosokawa clan (Yatabe Domain, Edo period))。
概要
概要
谷田部城は、茨城県つくば市谷田部にあった城で、江戸時代には谷田部藩の藩庁である谷田部陣屋となった。跡地は現在、谷田部小学校の敷地となっている。
中世の谷田部城
起源には複数の説がある。小田氏一門の小田宗寿が河内郡谷田部郷に配され、地名にちなんで谷田部氏を名乗ったことが谷田部氏の祖とされ、谷田部氏は「小田家一門六家」に数えられる有力一族だったという。一方、岡見氏による築城とする資料もあり、築城者・時期は資料により異なる。戦国時代には同族の岡見氏の配下のような立場だったとされ、多賀谷氏が支配したとする記述もある。元亀元年(1570年)に多賀谷政経に敗れて開城したとされるが、詳細は要確認である。
江戸時代の谷田部陣屋
細川藤孝(幽斎)の次男・細川興元が藩祖となり、慶長15年(1610年)に下野国茂木で1万石を領した。大坂の陣での戦功により常陸国内に加増を受け、元和5年(1619年)に細川興昌が藩庁を谷田部に移して陣屋を築いた。敷地は約6,800坪(約22,400平方メートル)とされる。谷田部藩は、つくば市域で幕末まで独立した藩として存続した唯一の藩である。
現況と遺構
陣屋跡は谷田部小学校の敷地となり、校門近くに説明板がある。御殿の玄関が公民館玄関として移築されており、屋根には細川氏の九曜紋が残る。陣屋門は市内北中妻の民家に移築されている。江戸時代の谷田部は陣屋町として商業の中心、交通の結節点として栄えた。
見どころ
- 谷田部小学校脇に移築された御殿玄関と細川氏の九曜紋
- 市内北中妻に移築された陣屋門
- つくば市域で幕末まで続いた唯一の藩の藩庁跡
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。