※画像はイメージです。新庄城
Shinjo Castle
新庄城は寛永2年(1625年)築城、明治元年(1868年)廃城に築かれた東北の名城。城主は戸沢氏(新庄藩主)(The Tozawa clan (lords of Shinjo Domain))。
概要
概要
新庄城は、山形県新庄市堀端町にあった輪郭式の平城で、新庄藩の本拠である。最上氏の改易後に入封した戸沢政盛が築いた。城跡は市指定史跡で、現在は最上公園となっている。
築城
元和8年(1622年)の最上氏の改易後、旧最上領は分割され、戸沢政盛が新庄に入封した。政盛は当初、真室城(鮭延城)に入ったが、手狭で山城のため不便であったことから、幕府に願い出て寛永2年(1625年)に当地へ築城した。縄張は山形城に入封した鳥居忠政によるものとされる。以後、戸沢氏が城主を務めた。
構造
本丸の南側に小さな二の丸が並び、その外側を三の丸が囲む。堀の水は差指野川から引いた。本丸には御殿と三層天守、二重櫓3棟があり、三の丸に藩の政庁が置かれた。
廃城
慶応4年・明治元年(1868年)の戊辰戦争で庄内藩の攻撃を受けて陥落し、大部分が焼失した。同年中に廃城となった。
現状
建物のほとんどは失われている。本丸跡には戸澤神社などが建ち、石垣の一部や「表御門跡」「新庄城天守台跡」の碑、三の丸堀跡が残る。本丸跡の天満神社は県指定文化財(1987年指定)である。
刀剣との関わり
特定の刀剣との結びつきを示す典拠は未確認。
見どころ
- 最上氏改易後に戸沢政盛が寛永2年(1625年)に築いた
- 本丸に三層天守と二重櫓3棟があった輪郭式平城
- 戊辰戦争で庄内藩の攻撃を受け焼失
- 本丸跡は最上公園として公開
- 市指定史跡
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。