相馬中村城(馬陵城)
Sōma Nakamura Castle (Baryō Castle)
相馬中村城(馬陵城)は江戸時代(慶長16年〈1611年〉7月着工、同年12月完成、明治維新まで相馬中村藩の藩庁)に築かれた東北の名城。城主は相馬利胤(慶長16年〈1611年〉小高城より移り本格的な城郭として整備)、以後相馬中村藩主・相馬氏歴代(明治維新まで約260年間)(Sōma Toshitane (who moved from Odaka Castle and developed the site into a full-scale castle in 1611); thereafter the successive lords of the Sōma clan and the Nakamura domain, for about 260 years until the Meiji Restoration)。
概要
概要
相馬中村城は、福島県相馬市中村にあった平山城で、別名を馬陵城という。戦国から江戸時代にかけて相馬氏の居城の一つであり、江戸時代には中村藩(相馬中村藩)の藩庁として明治維新まで機能した。跡地は現在、馬陵公園として市民に親しまれている。
築城と歴史
この地には少なくとも延暦20年(801年)の征夷の頃から軍事的な利用の伝承があり、中世には中村氏の居館が置かれていたと伝わる。慶長16年(1611年)7月、相馬利胤が小高城からこの地に移り、同年12月までに近世城郭として本格的に整備した。以後、明治維新に至るまで約260年にわたり相馬氏歴代当主の居城・中村藩の藩庁として機能した。
構造・遺構
城域は東西約600メートル、南北約650メートルに及び、本丸の周囲を郭と濠が幾重にも取り巻く縄張りを持つ。明治期の廃城処分で大半の建造物は取り壊されたが、外大手一ノ門が唯一現存し、土塁・濠は良好な状態で残る。
相馬野馬追とのゆかり
城跡内には相馬中村神社が鎮座し、毎年7月に開催される相馬野馬追(国指定重要無形民俗文化財)の祭場の一つとなっている。相馬野馬追は相馬氏の軍事訓練に起源を持つとされる勇壮な騎馬行事で、甲冑姿の騎馬武者が神旗を争奪する神事として知られる。
現状・アクセス
1955年に福島県指定史跡となり、現在は馬陵公園として桜の名所でもある。JR常磐線「相馬駅」から徒歩約15〜18分。
刀剣との関わり
見どころ
- 慶長16年(1611年)相馬利胤が小高城から移り本格整備、明治維新まで相馬中村藩の藩庁
- 外大手一ノ門が唯一の現存建造物、土塁・濠が良好に残る
- 城跡内の相馬中村神社は国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」の祭場の一つ
- 福島県指定史跡(1955年指定)、現在は桜の名所「馬陵公園」
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。