※画像はイメージです。岩出山城
Iwadeyama Castle
岩出山城は室町時代創築(応永年間)、天正19年〈1591年〉伊達政宗が改修・改称に築かれた東北の名城。城主は氏家氏(築城)、伊達政宗、岩出山伊達家(伊達宗泰ほか歴代当主)(Ujiie clan (founders); Date Masamune; the Iwadeyama-Date family (Date Munayasu and successive heads))。
概要
築城
岩出山城は、応永年間(1394~1428年)頃、大崎氏の重臣・氏家直益によって「岩手沢城」として築かれたと伝わる山城である。江合川を望む丘陵上に築かれ、大崎地方支配の拠点の一つとして機能した。
伊達政宗の本拠
天正19年(1591年)、豊臣秀吉による奥州仕置で本拠地を米沢から移すことを命じられた伊達政宗は、当時の岩手沢城に入城した。徳川家康の指示を受けた榊原康政が縄張りを改め、政宗は地名を「岩出山」と改称。政宗は慶長8年(1603年)に仙台城へ移るまでの12年間、この城を本拠として仙台開府の準備を進めた。政宗の転封後は四男・伊達宗泰が1万5千石を与えられて岩出山伊達家を興し、以後明治維新まで代々の当主が城跡に居住した。
構造
山城で天守は築かれず、土塁・空堀・堀切・石垣を伴う虎口や曲輪跡が残る。近世以降は伊達家の内分知行地における陣屋的な役割へと性格を変えていった。
刀剣との関わり
ここを12年間本拠とした伊達政宗は無類の刀剣愛好家として知られ、酒宴の席でも家臣の佩刀を検分したという逸話が残る。豊臣秀吉から拝領した「燭台切光忠」、常に陣中に帯びたと伝わる「大倶利伽羅」など、政宗が生涯を通じて愛蔵した名刀の数々は、この岩出山時代を含む政宗の武将人生と共に語り継がれている。
現状
城跡は「城山公園」として整備され、土塁や空堀などの遺構を残す。園内には彫刻家・柳原義達作の伊達政宗平和像が建つ。城の一角にあった仙台藩の学問所「有備館」とその庭園は、現存する最古の藩校建築として国の史跡に指定されている。
刀剣との関わり
ここを12年間本拠とした伊達政宗は生涯にわたり刀剣を愛好したことで知られ、豊臣秀吉から拝領した「燭台切光忠」や、常に帯びたと伝わる「大倶利伽羅」など、名刀にまつわる逸話が数多く残る。岩出山時代の政宗の武将人生と分かちがたく結びついている。
見どころ
- 伊達政宗が仙台開府前の12年間本拠とした山城
- 隣接する藩校「有備館」と庭園は現存最古の藩校建築として国指定史跡
- 土塁・空堀・堀切など山城の遺構が城山公園に現存
- 政宗が愛蔵した「燭台切光忠」「大倶利伽羅」など名刀伝承ゆかりの地
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。