※画像はイメージです。浪岡城
Namioka Castle
浪岡城は応仁年間(1467年頃)築城と伝わる、天正6年(1578年)落城・廃城に築かれた東北の名城。城主は浪岡北畠氏(北畠顕義ほか歴代当主)(The Namioka Kitabatake clan (including its founder Kitabatake Akiyoshi))。
概要
概要
浪岡城は、青森県青森市浪岡にあった中世の平山城で、南北朝時代に活躍した北畠親房・顕家の子孫と伝わる浪岡北畠氏の居城である。青森県内で最初に国の史跡に指定された城跡であり、続日本100名城の一つにも選ばれている。
築城と浪岡北畠氏
築城年代には長禄・応仁・文明のいずれかの年間とする説があり、応仁年間(1467年前後)とする見方が有力とされる。築城者は北畠氏4代・北畠顕義と伝わる。以後、浪岡北畠氏が9代にわたってこの地を治めた。
構造
指定地は東西約940メートル、南北約245メートル、面積約13万6300平方メートルに及ぶ。幅10〜30メートルの二重の堀によって区画された内館・北館・東館・西館・猿楽館・検校館・新館など複数の郭(曲輪)が置かれ、中心となる内館は東西約120メートル、南北約85メートルの規模を持つ。
落城と廃城
天正6年(1578年)、浪岡北畠氏9代当主・北畠顕村の代に、大浦為信(後の津軽為信)の攻撃を受けて落城し、廃城となった。
指定文化財と発掘調査
昭和15年(1940年)2月10日、青森県内で初めて国の史跡「浪岡城跡」に指定された。昭和52年度(1977年度)から発掘調査が継続的に行われ、食器・調理器具・武具・農耕具・日用品・宗教用具など5万点を超える遺物が出土している。出土した陶磁器約1万6000点のうち半数以上は中国製とされ、浪岡北畠氏の交易力・文化水準の高さを示している。平成29年(2017年)4月6日には続日本100名城(103番)に選定された。
現状・アクセス
現在は史跡公園として整備され、土塁や堀跡を見ることができるほか、出土遺物や推定復元模型を展示する「青森市中世の館」が隣接する。JR奥羽本線「浪岡駅」から徒歩約15分、東北自動車道浪岡インターチェンジから車で約15分。
刀剣との関わり
見どころ
- 南北朝の名族・北畠氏の子孫と伝わる浪岡北畠氏が9代にわたり治めた居城
- 幅10〜30メートルの二重堀で区画された内館・北館など複数の郭を持つ平山城
- 昭和15年(1940年)、青森県内で最初に国の史跡に指定
- 発掘調査で5万点超の遺物が出土、うち陶磁器の半数以上が中国製
- 続日本100名城(103番)に選定、隣接する「青森市中世の館」で遺物を展示
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。