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名将たちが愛した刀剣とその物語
名城に秘められた刀剣文化の物語
歴史に名を刻んだ名刀たち
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Satake Yoshishige
鬼義重・常陸の覇者
佐竹義重(1547-1612)は常陸(茨城)を中心に関東北部に覇を唱えた戦国大名であり、「鬼義重」の異名で関東の武将たちに恐れられた豪将である。南奥・北関東において北条氏・伊達氏・結城氏らと互角以上に...
Rokkaku Yoshikata
南近江の守護大名・観音寺城主・承禎
## 生涯と出自 六角義賢(ろっかく よしかた)は大永元年(1521年)、近江国守護・六角定頼の嫡男として生まれた。六角氏は足利将軍家の一門にして近江守護の名家であり、義賢は天文21年(1552年)...
Nōhime (Kichō)
美濃の蝮・斎藤道三の娘にして織田信長の正室——史料に乏しく謎に包まれた戦国の女性
## 道三の娘・信長の正室 濃姫(一五三五〜没年不詳)は、「美濃の蝮」と恐れられた戦国大名・斎藤道三の娘とされ、織田信長の正室として知られる。「濃姫」は美濃国出身の姫を指す通称で本名ではなく、実名は「...
Honda Shigetsugu
「鬼作左」の異名をとる徳川四天王・本多忠勝の親戚、戦国最強の猛将の一人
本多重次(1529-1596)は徳川家康の家臣として生涯を捧げた猛将で、「鬼作左(おにさくざ)」の異名で知られる。本多忠勝とは親族関係にある三河本多氏の一族であり、家康の草創期から命がけで支えた功臣の...
Tachibana Muneshige
西国無双——関ヶ原後も旧領に復帰した唯一の大名、豊臣五大老も賞賛した九州最強の武将
## 西国無双の誕生 永禄十年(一五六七年)、筑前国(現・福岡県)に高橋紹運の子として生まれた立花宗茂は、後に「西国無双」と称えられる戦国最強の武将のひとりである。宗茂は大友宗麟の重臣・立花道雪の養子...
Matsudaira Nobutsuna
「知恵伊豆」と称された幕政の名老中——島原の乱を鎮め、川越藩の礎を築く
## 生涯と出自 松平信綱(1596-1662)は、徳川家康の家臣・大河内久綱の長男として武蔵国に生まれた。のちに長沢松平家の松平正綱の養子となり、松平姓を称している。幼少より徳川家光に近侍し、家光...
Suwa Yorimizu
諏訪高島藩初代藩主、信濃諏訪2万7千石の大名にして諏訪大社を守り続けた名門の後裔
諏訪頼水(1570-1641)は信濃国の名族・諏訪氏の後裔で、武田信玄によって滅ぼされた諏訪氏の一族で、大祝家の諏訪頼忠を父とする人物である。武田氏滅亡後の混乱期を経て徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いで東...
Andō Morinari
西美濃三人衆の一人・稲葉山城攻略で信長に貢献した美濃の老将
安藤守就(1503-1582)は美濃国の戦国武将で、西美濃三人衆(稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就)の一角。もとは斎藤氏に仕えたが、1567年に稲葉一鉄・氏家卜全とともに織田信長に内応して稲葉山城(岐阜城...
Shimazu Toshihisa
島津四兄弟の三男——豊臣秀吉に最後まで抵抗し、義に殉じた薩摩の猛将
## 島津四兄弟の智将にして猛将 天文六年(一五三七年)、薩摩国に生まれた島津歳久は、義久・義弘・家久とともに「島津四兄弟」を構成する三男である。九州統一を目指した島津家の怒涛の進軍において、歳久は...
Sue Harukata
大内家の実力者・厳島の戦いに散った謀将
陶晴賢(1521-1555)は、西国の雄・大内氏に仕えた重臣であり、主君・大内義隆を弑逆したことで戦国史に名を刻む謀将である。しかしその後、毛利元就の奇策によって厳島の戦いで壮絶な最期を遂げた。 晴...
Taira no Tomoori
碇知盛——壇ノ浦に沈んだ平家の猛将、「見るべき程の事は見つ」の名言を遺した悲劇の武将
## 平家の猛将・知盛の生涯 仁平二年(一一五二年)、平清盛の四男として生まれた平知盛は、平家一門の中でも際立った武勇と知略を兼ね備えた名将として知られる。平家物語において知盛は、壮烈な最期を遂げる悲...
Yodo-dono
豊臣秀頼の生母、大坂城の実質的女主人として豊臣家の命運を握った戦国の女性
淀殿(1569-1615)は浅井長政と織田信長の妹・市の長女として生まれ、本名は茶々と伝わる。幼少期に父・長政が信長に攻められ小谷城で自刃し、母・市も柴田勝家との再婚後に賤ヶ岳の戦い直後に自害するとい...