※画像はイメージです。戦国時代1503-1582
安藤守就
Andō Morinari
西美濃三人衆の一人・稲葉山城攻略で信長に貢献した美濃の老将
解説
安藤守就(1503-1582)は美濃国の戦国武将で、西美濃三人衆(稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就)の一角。もとは斎藤氏に仕えたが、1567年に稲葉一鉄・氏家卜全とともに織田信長に内応して稲葉山城(岐阜城)開城に貢献した。信長に仕えたが、天正八年(1580年)に武田氏への内通を疑われて信長に追放された。本能寺の変後の天正十年(1582年)には旧領回復を目指して挙兵したものの、かつての盟友・稲葉一鉄に攻められて敗死した。美濃刀の産地・関を擁した地域の武将として、関鍛冶の刀剣を愛用し品質を直接知る立場にあった。美濃刀の文化的背景を体現する人物として刀剣史に名を刻む。
所持した刀剣
- 美濃打刀(関の鍛冶による実用刀)