佐伯城
Saeki Castle
佐伯城は江戸時代(慶長7年〈1602年〉着工、慶長11年〈1606年〉完成)、明治4年〈1871年〉廃城に築かれた九州の名城。城主は毛利高政(初代藩主・築城)、以後毛利氏歴代(佐伯藩主)(Mōri Takamasa (first domain lord and builder); successive generations of the Mōri clan as lords of Saeki Domain)。
概要
築城
佐伯城は慶長7年(1602年)、関ヶ原の戦い後に佐伯藩初代藩主となった毛利高政により築城が開始され、慶長11年(1606年)、6年の歳月を経て完成した。縄張りは織田信長の旧臣・市田祐定が担当し、石垣普請には姫路城の築城にも携わった羽山勘左衛門があたったと伝わる。舞鶴に似た山容から「鶴屋城」の別名を持つ。
城主の変遷
築城以後、明治維新まで一貫して毛利氏が佐伯藩主として統治した。寛永14年(1637年)、3代藩主・毛利高尚の代に麓の三の丸が増築され、藩主の居館は山上から麓へ移された。
構造
標高144メートルの八幡山山頂に総石垣で築かれた山城で、本丸を中心とする連郭式の縄張りを持ち、かつては3重3階の天守が上げられていた。中世山城の地形を生かしつつ近世城郭の高度な石垣技術を融合させた点に特色がある。
現状
明治4年(1871年)の廃城後、山上の建物は明治初期に撤去されたが、石垣遺構と麓の三の丸櫓門は現存し、三の丸櫓門は大分県指定有形文化財となっている。三の丸御殿の一部は市内に移築され保存されている。国の史跡に指定され、2017年には続日本100名城(194番)に選定された。
刀剣との関わり
見どころ
- 毛利高政が姫路城石垣に携わった羽山勘左衛門らを起用して築いた総石垣の山城
- 舞鶴に似た山容から「鶴屋城」とも呼ばれる
- 三の丸櫓門が大分県指定有形文化財として現存
- 国指定史跡、2017年続日本100名城(194番)に選定
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