※画像はイメージです。金田城
Kaneda Castle
金田城は天智天皇6年(667年)築造に築かれた九州の名城。城主は大和朝廷(天智天皇の勅命による築城)(Built under the imperial order of Emperor Tenji and the Yamato court)。
概要
概要
金田城は長崎県対馬市美津島町黒瀬、浅茅湾に突き出た標高276mの城山に築かれた古代山城である。『日本書紀』によれば、663年の白村江の戦いで倭国・百済連合軍が唐・新羅連合軍に大敗したのち、天智天皇6年(667年)、大和国の高安城、讃岐国の屋嶋城とともに、唐・新羅の侵攻に備える対外防衛拠点として築造された。
構造
城は朝鮮式山城の形式をとり、城山産出の石英斑岩を用いた石塁が総延長約2.2キロメートルにわたって築かれ、最高所の三ノ城戸では高さ約7メートルに達する。一ノ城戸から三ノ城戸までの門遺構、南門、ビングシ山の建物跡、土塁などの遺構が良好に残存し、古代の防人が対馬海峡を望む要衝に築いた国境防衛の姿を今に伝える。
近代要塞との重層
日露戦争前には旧日本陸軍によって再び要塞として整備され、山中には近代の砲台跡も残る。古代の朝鮮式山城と近代要塞が同じ山に重層的に存在する、全国でも類例の少ない遺跡である。
現状
1982年に国の特別史跡に指定され、現在も現地保護のため二ノ城戸には保護ネット、南門には土のうが設置されている。2017年には続日本100名城に選定された。
刀剣との関わり
金田城跡から刀剣そのものの出土例は確認されていないが、発掘調査では須恵器・土師器に加えて鍛冶関連遺物が出土しており、防人が駐屯したこの古代山城内で武具の修理・維持に携わる鍛冶作業が行われていたことを示している。白村江の敗戦を受けて築かれた対外防衛の最前線基地として、刀剣を含む武具の維持管理は防人の任務に不可欠であり、金田城は古代日本における武具生産・補修体制の一端を伝える遺跡でもある。麓の大吉戸神社には城山出土と伝わる弥生時代の広形銅矛7本(長崎県指定有形文化財)が伝存しており、この地が古くから武器・祭祀用青銅器の集積地であったことを物語る。
見どころ
- 三ノ城戸 — 高さ約7mに及ぶ石塁最高所
- 南門・一ノ城戸〜三ノ城戸 — 朝鮮式山城特有の石塁と城門遺構
- ビングシ山建物跡 — 古代の建物基壇群
- 近代砲台跡 — 日露戦争前に旧陸軍が築いた要塞遺構
- 続日本100名城 — 2017年選定
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。