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名将たちが愛した刀剣とその物語
名城に秘められた刀剣文化の物語
歴史に名を刻んだ名刀たち
444 entries
Yoshihime
伊達政宗の生母、最上義光の妹——毒殺未遂伝承の真偽が今も語られる戦国の女性
義姫(よしひめ、天文17年〈1548年〉-元和9年〈1623年〉)は、出羽国の戦国大名・最上義守の娘として山形城に生まれた。最上義光の2歳年下の妹にあたる。永禄7年(1564年)、米沢城主・伊達輝宗に...
Horio Yoshiharu
「仏の茂助」と呼ばれた三中老・松江城を築き出雲24万石を治めた温厚なる古参家臣
堀尾吉晴(1543-1611)は豊臣秀吉の古参家臣として頭角を現し、その温厚篤実な人柄から「仏の茂助」と称えられた戦国武将。生駒親正・中村一氏とともに「三中老」に列せられ、豊臣政権の中枢を支えた。朝鮮...
Minamoto no Yoshiie
八幡太郎——武神八幡に誓った武家の至宝、坂東武者の魂を一身に体現した平安最強の弓取り
## 八幡太郎の誕生 源義家は長暦三年(1039年)、源頼義の長男として生まれた。幼少より石清水八幡宮で元服の儀を行ったことから「八幡太郎」の通称を得た。八幡神は武家の守護神であり、その神前で武士とし...
Mori Terumoto
中国地方の太守——元就の遺業を継ぎ、西軍の総大将として関ヶ原に臨んだ毛利の嫡孫
## 元就の遺産を継ぐ 天文二十二年(一五五三年)、安芸国に生まれた毛利輝元は、「三矢の訓え」で名高い智将・毛利元就の嫡孫として毛利氏第十四代当主の座を継いだ人物である。祖父・元就は百戦錬磨の智略で中...
Nabeshima Naoshige
葉隠の国の礎——龍造寺家を継いで佐賀藩を立ち上げ、武士道の精髄を伝えた九州の智将
## 龍造寺の家臣から藩主へ 天文七年(一五三八年)、肥前国(現在の佐賀県)に生まれた鍋島直茂は、龍造寺家の重臣として仕えながら、その卓越した能力によって主君をしのぐ実力を身につけ、ついには佐賀藩の実...
Katō Kiyomasa
虎退治の猛将——賤ヶ岳七本槍に数えられ、同田貫の名刀とともに朝鮮の虎を討った武断の雄
## 清正の誕生 永禄五年(一五六二年)、尾張国中村に生まれた加藤清正は、豊臣秀吉子飼いの猛将として武断派の代表格に位置づけられる人物である。秀吉の母方の縁戚として幼少期から秀吉に仕え、数々の合戦で比...
Takigawa Kazumasu
織田信長の東国方面軍司令官・関東管領代
滝川一益(1525-1586)は、織田信長の重臣として東国戦略の要を担った戦国武将である。伊賀・伊勢方面の攻略から関東への進出まで、信長の版図拡大に欠かせない役割を果たし、本能寺の変後には「天正壬午の...
Asakura Ujikage
Echizen Clan Head
朝倉氏景は室町時代から戦国時代初期の越前国の武将で、朝倉氏の第8代当主である。父・朝倉孝景(英林孝景)の嫡男として生まれ、孝景の死後に家督を継いだ。応仁の乱では当初西軍に属したが、文明3年(1471年...
Kitabatake Chikafusa
南朝の重鎮・神皇正統記の著者
北畠親房(1293-1354)は、南北朝時代の南朝を代表する公卿・武将であり、日本の正統な皇位継承を論じた歴史書「神皇正統記」の著者として後世に名を残す人物である。村上源氏の流れを汲む北畠氏の出身であ...
Mimura Iechika
三村家親(みむらいえちか、生年不詳〜永禄9年2月5日〈1566年2月24日〉)は、備中国の戦国大名。三村宗親の子で、備中猿掛城を居城とし、のちに備中松山城(現在の岡山県高梁市)へ本拠を移した。 初め...
Hosokawa Gracia
明智光秀の娘にして細川忠興の妻——信仰のため自刃できず薙刀に貫かれた悲劇のキリシタン
## 明智光秀の娘・玉 細川ガラシャ(一五六三〜一六〇〇)は、明智光秀の娘として生まれた(生誕地は越前とも伝わるが諸説ある)。実名は「玉(珠)」と伝わる。天正六年(一五七八)、織田信長の意向により細川...
Nihonmatsu Yoshitsugu
伊達輝宗を道連れに散った二本松城主——粟ノ巣の変の当事者
## 生涯 二本松義継(生年不詳-1585)は陸奥国二本松城主・畠山氏(二本松氏)の当主。伊達政宗が岳父・田村清顕とともに大内定綱を攻めた際、定綱と姻戚関係にあった義継も政宗の攻撃対象となった。義継...