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各時代における刀剣の変遷と特徴を解説します
各時代を彩った名将と名刀の物語
日本刀史に輝く伝説の名刀たち
各時代を代表する名工たちの業績
古墳時代の直刀から平安の湾刀、鎌倉の古備前、南北朝の大太刀、室町〜戦国の備前長船、江戸の新刀・新々刀、そして現代刀まで。242の時代区分で日本刀の変遷を年表形式で辿れます。各時代の代表的な刀工・作風・時代背景を解説。
Nichimin Trade (Kangō Trade)
日明貿易(勘合貿易)は応永8年(1401)、足利義満が明へ遣明船を派遣したことに始まり、1404年以降は勘合符による証票制度を用いた公認貿易として1549年まで19回実施された。刀剣は硫黄・銅・扇子・漆器などと並ぶ主要輸出品で、備前長船の量産刀(数打物)が大量に明へ送られたとされる。
Koshirae and Tōsōgu — The Culture of Sword Fittings
日本刀の刀身を包む外装(拵)と各種金具(刀装具)は、室町時代から江戸時代にかけて独自の工芸ジャンルとして発展し、鐔(つば)・目貫(めぬき)・笄(こうがい)などが名工によって芸術品の域にまで高められた。
Hōgen-Heiji Wars Period
保元・平治の乱が源氏・平氏の覇権争いに火をつけ、武士が政治権力を掌握する時代の幕を開けた。実戦の激化が太刀の需要を高め、山城・大和・備前の各刀工が競い合って名刀を生み出した。
Hōgen Era
Early to Mid Muromachi
南北朝の動乱が収束し、室町幕府のもとで北山・東山文化が花開いた安定期。大太刀の豪壮さから穏やかな体配へと移行し、太刀から打刀への転換が始まった。応永備前に代表される精緻で上品な作風が生まれ、日明貿易による大量の刀剣輸出も行われた過渡的な重要時代。
Shimada School and Suruga Sword Culture
島田派は室町時代中期に駿河国(現在の静岡県)の島田宿を拠点として興った刀工集団で、初代義助を祖とする。相州伝・備前伝の流れを汲みながらも駿河独自の様式を発展させ、実用性を重視した腰反り(こしぞり)の刀を多く残した。今川氏・武田氏・徳川氏ら東国の有力大名に重用され、戦国期から江戸初期にかけて東海道の要衝として栄えた島田宿の刀剣産業を牽引した。
Man'en Era
万延(まんえん)は1860年から1861年まで続いた、江戸時代末期のごく短い元号である。安政7年3月18日に改元され、翌万延2年2月には早くも文久へ改元されており、在位期間は1年足らずであった。改元直前の安政7年3月3日(西暦1860年3月24日)、江戸城桜田門外で大老井伊直弼が水戸・薩摩浪士18名に暗殺される「桜田門外の変」が起きている。襲撃に加わった浪士たちが実際に佩用した刀の銘や寸法が史料に残っており、幕末の実戦刀剣を知る貴重な記録となっている。
Sakai Merchants and the Sword Trade
中世最大の自治都市・堺は刀剣流通の一大拠点として機能し、備前・美濃などの産地から全国への流通網を構築した。鉄砲伝来後は刀剣商が兵器商人としての役割も担い、戦国経済の中核を成した。
Tameshigiri — The Culture of Sword Testing
江戸時代前期から中期にかけて、刀剣の斬れ味を人体(処刑遺体)や藁束で実証する「試し斬り(ためしぎり)」が制度化され、試刀師・山田浅右衛門家が幕府公認の試刀専門家として独占的地位を確立した。
Keichō Shintō
古刀から新刀への歴史的転換期。関ヶ原の戦いを経て豊臣政権から徳川幕府へと権力が移行する激動の時代に、堀川国広・埋忠明寿ら革新的な刀工が新時代の作刀を模索した。各地の刀工が都市部に集結し、後の新刀文化の基盤が形成された。
Ayanokoji School
京都綾小路を拠点とした山城伝の名門流派。粟田口派・三条派と並ぶ山城三大流派の一つに数えられ、太刀の造形において卓越した技術を示した。代表工・定利の太刀は天下の名物として知られ、山城伝の優美かつ格調ある作風を体現する稀少な古作として現代に伝わる。
Echigo Tradition
越後国(現・新潟県)で発展した刀剣伝統。上杉謙信率いる越後軍団の武威を支えた実戦刀と、独自の地鉄・刃文を特徴とする地方刀工文化。上杉家の庇護と北陸の山岳戦が刀剣設計に与えた影響を探る。