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名将たちが愛した刀剣とその物語
名城に秘められた刀剣文化の物語
歴史に名を刻んだ名刀たち
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Honda Shigetsugu
「鬼作左」の異名をとる徳川四天王・本多忠勝の親戚、戦国最強の猛将の一人
本多重次(1529-1596)は徳川家康の家臣として生涯を捧げた猛将で、「鬼作左(おにさくざ)」の異名で知られる。本多忠勝とは親族関係にある三河本多氏の一族であり、家康の草創期から命がけで支えた功臣の...
Suwa Yorimizu
諏訪高島藩初代藩主、信濃諏訪2万7千石の大名にして諏訪大社を守り続けた名門の後裔
諏訪頼水(1570-1641)は信濃国の名族・諏訪氏の後裔で、武田信玄によって滅ぼされた諏訪氏の一族で、大祝家の諏訪頼忠を父とする人物である。武田氏滅亡後の混乱期を経て徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いで東...
Andō Morinari
西美濃三人衆の一人・稲葉山城攻略で信長に貢献した美濃の老将
安藤守就(1503-1582)は美濃国の戦国武将で、西美濃三人衆(稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就)の一角。もとは斎藤氏に仕えたが、1567年に稲葉一鉄・氏家卜全とともに織田信長に内応して稲葉山城(岐阜城...
Sue Harukata
大内家の実力者・厳島の戦いに散った謀将
陶晴賢(1521-1555)は、西国の雄・大内氏に仕えた重臣であり、主君・大内義隆を弑逆したことで戦国史に名を刻む謀将である。しかしその後、毛利元就の奇策によって厳島の戦いで壮絶な最期を遂げた。 晴...
Yodo-dono
豊臣秀頼の生母、大坂城の実質的女主人として豊臣家の命運を握った戦国の女性
淀殿(1569-1615)は浅井長政と織田信長の妹・市の長女として生まれ、本名は茶々と伝わる。幼少期に父・長政が信長に攻められ小谷城で自刃し、母・市も柴田勝家との再婚後に賤ヶ岳の戦い直後に自害するとい...
Kasuga no Tsubone
三代将軍家光の乳母にして大奥の礎を築いた女傑——明智の重臣・斎藤利三を父にもつ江戸の権力者
## 明智の重臣を父にもつ女性 春日局(一五七九〜一六四三)は、実名を福(ふく)といい、明智光秀の重臣・斎藤利三の娘として生まれた。母は稲葉良通(一鉄)の縁につらなる女性と伝わる。天正一〇年(一五八二...
Takeda Nobushige
典厩——武田信玄の最も信頼された弟、川中島に散った完璧な副将
## 武田家の至宝・信繁 大永五年(一五二五年)、甲斐国に生まれた武田信繁は、戦国最強の武将集団・武田軍団において兄・信玄に次ぐ副将として、甲州武士の理想を体現した名将である。通称「典厩(てんきゅう)...
Ōta Dōkan
文武両道の江戸城主——詩歌に秀で、関東の覇権を刀と筆で切り開いた扇谷上杉の重臣
## 文武両道の武将 永享四年(一四三二年)、相模国の扇谷上杉氏の重臣・太田資清の嫡男として生まれた太田道灌(本名・資長)は、室町後期の関東において文武両道の武将として名声を博した。幼少より学問を好み...
Tanaka Yoshimasa
石田三成を捕縛した関ヶ原の功臣・豊臣旧臣から筑後32万石の大名へ出世した稀有な武将
田中吉政(1548-1609)は近江国出身の武将で、豊臣秀次の家老から豊臣秀吉直臣へと取り立てられた立志伝中の人物。文禄・慶長の役でも軍功を挙げた。関ヶ原の戦い(1600年)では東軍に属して活躍し、戦...
Maeda Matsu (Hoshun-in)
前田利家の正室——加賀百万石を守るため自ら人質となった、聡明にして剛毅な戦国の賢夫人
## 利家を支えた賢夫人 まつ(芳春院、天文十六年・一五四七年〜元和三年・一六一七年)は、尾張の生まれで、夫・前田利家とは従兄妹の間柄にあったとされる。十二歳前後で利家に嫁ぎ、利家との間に二男九女をも...
Hatano Hideharu
波多野秀治(はたのひではる、1541年〜天正7年6月8日〈1579年7月2日〉)は、丹波国の戦国大名で、波多野氏の最後の当主。波多野晴通の子で、八上城(現兵庫県丹波篠山市)を本拠とした。 父の死後、...
Imagawa Ujiteru
今川氏輝(いまがわうじてる、永正10年〈1513年〉〜天文5年3月17日〈1536年4月7日〉)は、駿河今川氏の第10代当主。父・今川氏親と母・寿桂尼の長男として生まれ、大永6年(1526年)に父が没...