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日本刀にまつわる戦・事件・歴史的出来事
8件のイベント
正長元年8月〜翌年(1428〜1429年)
正長元年(1428年)8月、近江の馬借蜂起を契機に京都・畿内に広がった日本史上初の大規模土一揆。農民・馬借が徳政(借金帳消し)を要求して土倉・酒屋を襲撃。幕府は赤松満祐を通じて鎮圧を図ったが、奈良では興福寺が徳政を認める事態となった。民衆の組織的武力行動が歴史に初登場した記念碑的事件。
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明徳2年12月(1392年1月)
明徳2年(1391年)、足利将軍家の権力を脅かすほど肥大化した山名氏清・満幸ら山名一族が、三代将軍・足利義満に反旗を翻した内乱。義満は京都周辺を電撃的に制圧し、山名氏の勢力を徹底的に削減した。この勝利は義満による室町幕府の最高権力確立を決定的なものとし、刀剣文化の後援者としての義満の絶頂期を告げた。
文明18年(1486年)7月26日
文明18年(1486年)、江戸城築城者・太田道灌が主君・上杉定正に謀殺された事件。文武兼備の名将の非業の死は関東の政情を混乱させ、後北条氏台頭と関東戦国時代開幕の遠因となった。
応永6年(1399年)10月〜12月
応永6年(1399年)、室町3代将軍・足利義満と西国最大の守護大名・大内義弘が和泉国堺で激突した反乱。義弘が大太刀を手に討ち死にして終結し、将軍権力の確立と室町刀剣文化の礎となった。
応永26年6月(1419年)
応永26年(1419年)6月、李氏朝鮮が227隻・1万7285人の大軍で対馬を侵攻した事件。対馬守護・宗貞盛率いるわずか600人の武士が地の利を生かした奇襲で善戦し、朝鮮軍を撃退した。元寇以来140年ぶりの対外軍事侵攻であり、室町幕府・日朝関係に大きな転換をもたらした。
応仁元年〜文明9年(1467〜1477年)以降
応仁の乱(1467〜1477年)の戦火と、その後の室町幕府の権威崩壊によって、足利将軍家が代々収集・秘蔵してきた「東山御物(ひがしやまごもつ)」——中国・日本の名刀・絵画・茶道具・染め物など数千点に及ぶ至宝のコレクション——が京都の御所・倉庫から流出し、各地の大名・商人・寺社の手に散らばった。なかでも足利将軍家が「天下第一の名刀」として珍重した数多の刀剣が、この散逸によって全国各地に拡散し、戦国時代の刀剣観・名物観に決定的な影響を与えた。
享徳3年12月27日(1455年1月15日)〜文明14年(1482年)
享徳3年(1454年)に始まり約28年間続いた関東の大乱。第五代鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を殺害したことを発端とし、古河公方(足利成氏)と関東管領上杉氏・幕府の対立が続いた。この長期内戦が東国に戦国時代の到来を告げ、関東の刀工集団の活動にも大きな影響を与えた。
1467年〜1477年(応仁元年〜文明9年)
応仁元年(1467年)から文明9年(1477年)にかけて、室町幕府の将軍継嗣問題をきっかけに勃発した大乱。細川勝元の東軍と山名宗全の西軍が京都を戦場に11年にわたって激突し、戦国時代の幕を開けた。