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名将たちが愛した刀剣とその物語
名城に秘められた刀剣文化の物語
歴史に名を刻んだ名刀たち
512 entries
Nagano Narimasa
武田信玄を幾度も退けた上野の猛将——小勢で大軍を退けた関東屈指の戦略家
## 上野の名族・長野氏の当主 延徳三年(一四九一年)頃に生まれた長野業正は、上野国(現・群馬県)に拠点を置く長野氏の当主。上野は関東管領・上杉氏の影響下にあったが、業正は独自の勢力を築き、上野にお...
Hori Hidemasa
名人久太郎・天下随一の武将と称えられた智将
堀秀政(1553-1590)は、織田信長・豊臣秀吉に仕えた武将であり、「名人久太郎」の異名で知られる戦国随一の才人である。文武両道に優れ、当代一流の武将として同時代の人々から称えられた。 秀政は15...
Ryūzōji Takanobu
肥前の熊・九州の覇者
龍造寺隆信(1529-1584)は九州北部を席巻した戦国大名であり、「肥前の熊」の異名で恐れられた豪傑である。肥前(佐賀)の小領主の家に生まれながら、強靭な意志と武略によって大友・島津と並ぶ九州三大勢...
Sasaki Dōyo
婆娑羅大名——南北朝の乱世に権威を笑い飛ばし、刀剣と茶と連歌に耽溺した室町文化の先駆者
## 婆娑羅とは何か 佐々木道誉(本名:佐々木高氏)は永仁四年(1296年)頃の生まれとされる近江の大名である。「婆娑羅」(ばさら)とは、南北朝期に流行した行動様式であり、既成の権威・礼法・秩序を意図...
Yamana Sōzen
赤入道——六分の一殿と呼ばれた大大名、応仁の乱の西軍総帥として老骨に鞭打ち京都を炎に包んだ
## 六分の一殿の登場 山名宗全(本名・持豊)は応永十一年(1404年)、山名時煕の子として生まれた。山名氏は全国六十六国のうち十一ヶ国を支配する時期があり、「六分の一殿」(日本の六分の一を支配する殿...
Sakanoue no Tamuramaro
征夷大将軍・大納言
坂上田村麻呂(758-811)は平安時代初期の公卿・武官で、日本史上最も著名な征夷大将軍の一人である。桓武天皇・平城天皇・嵯峨天皇ら四代の天皇に仕え、東北の蝦夷制圧に大きな功績を残した。 延暦20年...
Hōjō Masako
尼将軍——鎌倉武家政権を守り抜いた、日本史上最強の女性政治家
## 尼将軍の誕生 保元二年(一一五七年)、伊豆国に生まれた北条政子は、源頼朝の正室にして鎌倉幕府の実質的な権力者として、日本史上最も影響力を持った女性のひとりである。父・北条時政は伊豆の豪族にすぎな...
Amakusa Shirō
島原の乱の指導者
天草四郎(あまくさしろう、元和7年〈1621年〉頃〜寛永15年2月28日〈1638年4月12日〉)は、江戸時代初期のキリシタン農民一揆「島原の乱」における指導者。本名は益田四郎時貞(ますだしろうときさ...
Oniniwa Tsunamoto
伊達家の老将・奥州仕置における調停者
鬼庭綱元(1549-1640)は、伊達家の重臣として伊達政宗の父・輝宗から政宗に至る二代にわたって仕えた老将であり、戦国から江戸初期にかけての伊達家の政治・軍事の両面で重要な役割を果たした。その名字が...
Ōta Dōkan
文武両道の江戸城主——詩歌に秀で、関東の覇権を刀と筆で切り開いた扇谷上杉の重臣
## 文武両道の武将 永享四年(一四三二年)、相模国の扇谷上杉氏の重臣・太田資清の嫡男として生まれた太田道灌(本名・資長)は、室町後期の関東において文武両道の武将として名声を博した。幼少より学問を好み...
Henmi Sōsuke
警視庁武術を確立した立身流宗家の子、「真の剣を遣う」と山岡鉄舟に評された剣客
## 生涯 天保14年(1843年、一説に天保5年)、下総国佐倉藩士で立身流第17代宗家・逸見信敬の子として生まれた。幼少より家伝の立身流居合・剣術を学び、才を見込まれて育てられた。 ## 剣歴 1...
Terao Magonojō
宮本武蔵から死の直前に『五輪書』を相伝された高弟、二天一流初代師範
## 生涯 慶長16年(1611年)、肥後熊本藩・細川家に仕えた武士の子として生まれた。耳が不自由であったため藩への出仕はかなわず、熊本城下近郊に隠棲して農耕を営みながら生涯を送ったと伝わる。 ##...