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名将たちが愛した刀剣とその物語
名城に秘められた刀剣文化の物語
歴史に名を刻んだ名刀たち
444 entries
Kaihime
忍城の戦国女武将・石田三成の水攻めを防いだ伝説の弓の達人
甲斐姫(1572-没年不詳)は武蔵国・忍城主成田氏長の娘で、戦国時代を代表する女武将のひとり。1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の際、石田三成が忍城(現埼玉県行田市)を水攻めにした際に城内に残り、女...
Kasuya Takenori
賤ヶ岳七本槍——関ヶ原で西軍に投じ改易された武将
## 生涯 糟屋武則(1562-没年不詳)は播磨出身の武将で、1583年の賤ヶ岳の戦いで佐久間盛政配下の宿屋七左衛門を討ち取るなどの武功を挙げ、「賤ヶ岳七本槍」の一人として豊臣秀吉から播磨加古郡20...
Murakami Yoshikiyo
武田信玄を二度撃退した信濃の雄・上田原と砥石城の勝者
村上義清(1501-1573)は、信濃国(現在の長野県)の戦国大名であり、あの武田信玄を二度にわたって撃退したことで名高い猛将である。上田原の戦い(1548年)と砥石城攻防戦(1550年)での勝利は、...
Matsudaira Nobuyasu
徳川家康の嫡男・信長の命で切腹させられた悲劇の若武者
松平信康(1559-1579)は徳川家康の嫡男で、幼少より武勇に優れ将来を嘱望された若武者。1563年に織田信長の娘・徳姫と婚約し、岡崎城主として三河を守った。武芸に秀でた気質は父・家康をしのぐとも評...
Fujiwara no Hidesato
俵藤太——百足を射た弓の達人、毛抜形太刀の使い手にして平将門を討った東国の英雄
## 俵藤太の誕生と東国の英雄 平安時代中期、下野国(現在の栃木県)を拠点とした藤原秀郷は「俵藤太(たわらのとうた)」の通称で広く知られる武人であった。藤原氏の北家の系統に属しながらも、都の貴族文化と...
Minamoto no Tametomo
保元の乱の強弓武者・弓の達人
源為朝(1139-1170)は、平安時代末期を代表する猛将であり、類稀な弓術の達人として日本史に名を刻んだ武将である。源為義の八男として生まれ、若年のうちから荒々しい気性と並外れた武勇を示した。父に追...
Inaba Ittetsu
西美濃三人衆の一角・頑固一徹に由来する剛直の老将
稲葉一鉄(1515-1589)は西美濃三人衆(稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就)の筆頭として知られる戦国武将。もとは斎藤道三・義龍に仕えたが、のちに織田信長に従属した。「一徹」の語源となったとも伝えられる...
Sanada Nobutada
真田一族・徳川旗本
真田信尹(さなだ のぶただ/のぶちか、天文16年・1547年頃〜寛永9年・1632年)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将である。真田幸綱(幸隆)の四男で、真田昌幸の弟にあたり、真田家の分流を興...
Kitabatake Akiie
冬の将軍——十代で陸奥を統べ、二度の大遠征で鎌倉幕府残党を打ち砕いた南朝最後の光芒
## 神童・顕家の誕生と陸奥下向 北畠顕家は文保二年(1318年)、公卿・北畠親房の長男として生まれた。幼少より文武両道に秀でた神童として知られ、和歌・漢詩・管弦に通じる一方、武芸においても並外れた才...
Miyamoto Musashi
剣聖——六十余戦無敗の伝説を刻み、二天一流と『五輪書』で剣の道を極めた求道者
## 剣聖の誕生 天正十二年(一五八四年)、播磨国もしくは美作国に生まれたとされる宮本武蔵(新免武蔵守藤原玄信)は、六十余度の真剣勝負に無敗を誇り、「剣聖」の称号とともに日本刀の歴史における最も象徴的...
Miura Yoshimura
権謀の相模武士——鎌倉政争を生き抜いた三浦一族の当主
## 生涯 三浦義村(生年不詳-1239)は相模国の有力御家人・三浦氏の当主で、父・三浦義澄とともに源平合戦や奥州合戦を転戦した。家督を継いだ後は鎌倉幕府の内部抗争において北条氏に与し続け、有力御家...
Natsuka Masaie
豊臣五奉行の一人・算術の才で秀吉政権を支えた近江奉行
長束正家(1562-1600)は豊臣政権の五奉行の一人として財務・兵站行政を担った武将。豊臣秀吉の信任を受け、近江国の水口城主となった。算術に秀で、兵糧・武器・金銀の管理を一手に引き受けた実務官僚型の...