※画像はイメージです。吉田郡山城
Yoshida-Koriyama Castle
吉田郡山城は1523年(大永3年)に元就が入り、1591年(天正19年)に廃城に築かれた中国の名城。城主は毛利元就(Mori Motonari)。
概要
概要
吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)は、広島県安芸高田市吉田町にあった山城である。南北朝時代に安芸国吉田庄の地頭として定着した毛利氏が、一貫して本拠とした山城である。国の史跡「毛利氏城跡/多治比猿掛城跡/郡山城跡」の一部として、1940年(昭和15年)8月30日に指定されている。
毛利元就と城の拡大
1523年(大永3年)、毛利元就が宗家を継ぎ、多治比の猿掛城からこの地へ移って城域を広げた。1540年(天文9年)には尼子晴久の攻撃を退け、以後この城を拠点に中国地方で勢力を振るった。元就の時代に郡山全山(標高約400m、比高約200m)へと拡大し、城域は東西約1.1km、南北約0.9kmに及んだ。1591年(天正19年)、孫の輝元が広島へ移ったため廃城となった。
構造
郡山山頂を削平して本丸を置き、その南に二の丸・三の丸が続く。石垣跡と各曲輪の遺構が残る。
現状
山麓には毛利元就らの墓所がある。
刀剣との関わり
吉田郡山城と特定の刀剣との結び付きを示す確かな記録は確認できていない。中国地方に勢力を築いた毛利氏の本拠として知られる城である。
見どころ
- 郡山山頂の本丸と二の丸・三の丸 — 石垣跡と曲輪の遺構が残る
- 毛利元就らの墓所 — 山麓にある
- 郡山全山に及ぶ城域 — 東西約1.1km・南北約0.9km
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。