※画像はイメージです。新高山城
Niitakayama Castle
新高山城は南北朝時代創築と伝わり、天文21年(1552年)以降に小早川隆景が拡張・整備、天正年間末に廃城に築かれた中国の名城。城主は小早川氏(小早川隆景)(Kobayakawa clan (notably Kobayakawa Takakage))。
概要
概要
新高山城は広島県三原市本郷町にあった中世の山城で、沼田川西岸の高山(標高197.6m)に築かれ、対岸の妻高山城(高山城)と対をなす要害であった。沼田を本拠とした小早川氏のもとで南北朝時代には既に城が営まれていたと伝わるが、天文21年(1552年)以降、毛利元就の三男で小早川家を継いだ小早川隆景がこの城を本格的に整備・拡張し、以後45年にわたり小早川氏の本城となった。
構造
城は山全体を要塞化した大規模な山城で、山頂に本丸を置き、階段状に削平地を設けて曲輪を配し、山麓には小早川氏の水軍拠点も構えられていた。石垣や枡形がよく残存し、中世末期の築城技術を知るうえで貴重な遺構とされる。
現状
天正年間末、隆景が瀬戸内海に面した三原城へ本拠を移すと新高山城は廃城となった。新高山城跡は、小早川氏の旧本拠であった高山城跡、隆景が新たに移った三原城跡とともに「小早川氏城跡」として1957年に国の史跡に指定されており、2017年には続日本100名城に選定された。
刀剣との関わり
新高山城を本拠とした小早川隆景の佩刀として、名刀幻想辞典に「波くぐり宗近」と呼ばれる太刀(刃長二尺二寸五分、約67.5cm、銘「宗近」)が伝わる。三条派の祖とされる刀工・三条宗近の作と伝わる。隆景の没後の所蔵先については、周防国吉敷郡上宇野令村(現・山口県)の高橋家所蔵とする説が旧来の刀剣史書に見えるが、名刀幻想辞典はこれを誤りとし、同村寄留の士族・堅田家(堅田少介)の所蔵が正しいと指摘しており、伝来の詳細は確定していない。毛利両川の一人として瀬戸内海の水軍を統率し、豊臣政権下で五大老にも列した隆景にとって、名刀の佩用は武将としての権威を示す重要な意味を持っていた。
見どころ
- 本丸跡 — 山頂に築かれた小早川氏本拠の中心曲輪
- 石垣・枡形 — 中世末期の高度な築城技術を伝える遺構
- 小早川氏城跡(国指定史跡) — 高山城跡・三原城跡と一体で指定
- 水軍拠点跡 — 山麓に構えられた小早川水軍の根拠地
- 続日本100名城 — 2017年選定
※開館時間・入場料は変更される場合があります。訪問前に公式サイトをご確認ください。