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日本刀にまつわる戦・事件・歴史的出来事
7件のイベント
慶応4年1月3日〜6日(1868年1月27日〜30日)
慶応4年(1868年)1月、戊辰戦争の口火を切った薩摩・長州連合軍と旧幕府軍の激突。近代兵器を擁する新政府軍が圧勝し、徳川慶喜は江戸へ敗走。武士の時代の終わりを告げる戦いとなり、刀剣文化においても「刀から銃へ」の転換点として記憶される。
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慶応2年6月7日〜8月下旬(1866年7月)
慶応2年(1866年)、幕府が長州藩征討のため諸藩に出兵を命じた軍事作戦。しかし薩長同盟(坂本龍馬仲介)後の長州藩は高杉晋作率いる奇兵隊で幕府軍を各戦線で撃退。幕府の実力の限界を天下に示し、翌年の大政奉還・明治維新への決定的な転換点となった。
元治元年7月19日(1864年8月20日)
元治元年(1864年)7月、京都御所の禁門(蛤御門)で長州藩士が薩摩・会津連合軍と激突した幕末最大の市街戦。「元治の大火(どんどん焼け)」で京都の大半が焼失し、長州藩は「朝敵」に指定された。新選組が鎮圧に参戦し、幕末の政治対立が武力衝突に至った転換点。
1868年8〜9月(慶応4年8〜9月)
慶応4年(1868年)8〜9月、戊辰戦争の一環として行われた会津藩と新政府軍の決戦。鶴ヶ城(会津若松城)を舞台に繰り広げられた激戦は、白虎隊の悲劇とともに「武士の最期」を象徴する戦いとして後世に伝えられた。
1868年7月4日(慶応4年5月15日)
慶応4年(1868年)5月、上野・東叡山寛永寺を拠点とした彰義隊が新政府軍と激突した戊辰戦争最初の江戸市街戦。わずか半日で彰義隊は壊滅し、旧幕府の抵抗勢力は東北へと退いた。
1868年5〜9月(慶応4年5〜9月)
慶応4年(1868年)5〜9月、越後国長岡藩が奥羽越列藩同盟の一員として新政府軍と戦った戊辰戦争。家老・河井継之助がガトリング砲を駆使して新政府軍を苦しめ、「最後の武士」とも称される壮絶な戦いを展開した。
1864年7月8日(元治元年6月5日)
元治元年(1864年)6月、京都・池田屋旅館において、新選組が尊王攘夷派志士の密議を急襲した事件。近藤勇・沖田総司・土方歳三らが活躍し、倒幕運動の一時的頓挫をもたらした幕末最大の剣客事件。