※画像はイメージです。江戸時代前期生没年不詳(17世紀)
佐々木累
Sasaki Rui
男装の女剣術家——家名再興を懸けた江戸の異才
解説
佐々木累とは
佐々木累(ささき るい)は、江戸時代前期に実在したと伝わる女性剣術家である。下総国古河藩(現在の茨城県古河市)の藩士で剣術指南役を務めた佐々木武太夫の娘として生まれた。なお、同じ「累」の字を持つ怪談・浄瑠璃で知られる「累」(かさね、累ヶ淵伝説の主人公)とは全くの別人であり、両者を混同すべきではない。
剣の家に生まれて
累には兄弟がなく、父・武太夫は娘に己の武芸をすべて伝授したという。婿養子を迎えて家名を継がせようとしたが果たせず、父の死とともに佐々木家は絶えた。
江戸での活動
浪人となった累は江戸に出て浅草に道場を構え、武芸を教えたと伝わる。黒羽二重の羽織に佐々木家の家紋「四つ目結」を染め抜き、髪を結い、両刀を帯びるという当時としては異例の男装で知られ、その姿は江戸の評判となった。当時、江戸市中で乱暴狼藉を働いていた「白柄組」など旗本奴の徒党と渡り合ったという逸話も残る。
家の再興
累のこうした行動は、優れた武人を婿に迎えて佐々木家を再興したいという願いによるものであったと伝えられる。北町奉行・石谷貞清の在任期(慶安から万治年間、一六五〇年代)の逸話として語られ、最終的に藩主が選んだ若者を婿に迎え、家名を再興したとされる。
史料と評価
佐々木累の事績を伝える主な典拠は明治期に編まれた『古今名誉実録』であり、内容には伝承的な色彩も含まれる。ただし『朝日日本歴史人物事典』『日本人名大辞典+Plus』にも江戸時代前期の実在の剣術家として項目が立てられており、単なる創作上の人物ではなく、史実に基づく人物として扱われている。
所持した刀剣
- 大小二刀(男装で帯びたと伝わる打刀)