※画像はイメージです。南北朝時代生年不詳-1351
高師直
Kō no Moronao
室町幕府執事・足利尊氏の側近
解説
生涯
生年は不詳。足利氏の家宰を代々務める高一族に生まれ、足利尊氏・直義兄弟の側近くに仕えた。尊氏が室町幕府を開いて征夷大将軍となると、その執事に任じられ、一族とともに軍事・内政の両面から開創期の幕府を支えた。
幕府執事としての立場
執事として尊氏の軍事指揮を実務面から支え、南朝方との戦いでも要職を務めた。一方で幕府内では、尊氏の弟で内政を統括する足利直義との間に路線対立が生じ、両派の確執は次第に深刻化していった。
観応の擾乱
観応元年(1350年)から翌年にかけて、直義派と師直派の対立が全面的な内戦に発展した観応の擾乱が勃発した。師直は尊氏方について直義方と戦ったが、次第に劣勢に立たされて出家し降伏した。
最期
降伏後の正平6年/観応2年(1351年)、京へ護送される途上、直義方の武士によって兄弟の師泰らとともに討たれた。これにより高一族は事実上没落し、幕府草創期を支えた執事の系譜は途絶えた。
後世評価
足利尊氏を軍事・内政の両面から支えた室町幕府草創期の重臣として評価される一方、直義との対立を招いた観応の擾乱の当事者として、南北朝動乱の混迷を象徴する人物とされる。