※画像はイメージです。安土桃山〜江戸時代初期1571-1622
支倉常長
Hasekura Tsunenaga
ローマ貴族となった仙台藩士——慶長遣欧使節を率いた男
解説
生涯
支倉常長(1571-1622)は仙台藩主・伊達政宗の家臣。慶長18年(1613年)9月、政宗の命によりメキシコ(スペイン領)との通商開始とスペインとの同盟締結を目指し、フランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使、常長を副使とする使節団が仙台領・月浦から派遣された(慶長遣欧使節)。
欧州への旅
一行は日本人と宣教師ら合わせて約180人。太平洋を渡ってメキシコを経由し、大西洋を横断してスペインへ到達、国王フェリペ3世に謁見した。さらにローマへ向かい、1615年10月にはイタリア・チヴィタヴェッキアに上陸、市公認の凱旋行列でカンピドリオ広場へ進み、11月にはローマ教皇パウロ5世に拝謁した。この際、常長はカトリック教徒かつ有色人種として唯一のローマ貴族に列せられたと伝わる。
帰国とその後
しかし日本国内でのキリスト教禁教政策の強化により、外交交渉は実を結ばなかった。元和6年(1620年)、常長はマニラ経由で帰国したが、その2年後の元和8年(1622年)、失意のうちに没した。
後世の評価
鎖国前夜の日本から地球を半周してヨーロッパに渡った稀有な使節として、仙台市博物館には常長ゆかりの資料群が伝わり、日西・日伊交流史における象徴的人物として今日も顕彰されている。