※画像はイメージです。戦国〜江戸初期1558-1639
蜂須賀家政
Hachisuka Iemasa
阿波一国を拝領し徳島城を築いた「阿波の古狸」
解説
蜂須賀家政(はちすか いえまさ、永禄元年〈1558年〉-寛永15年〈1639年〉)は、豊臣秀吉に仕えた蜂須賀正勝の子で、阿波国の大名となった人物である。
阿波拝領
天正13年(1585年)の四国攻めで木津城攻め・一宮城攻めなどに武功を挙げ、戦後、秀吉から阿波一国を与えられた。天正14年に18万石の大名となり、入国後は徳島城を築いた。山間部の土豪が検地に反発して起こした祖谷山一揆は、5年かけて鎮圧している。天正17年(1589年)には太閤検地を実施し、兵農分離を進めた。
朝鮮出兵から関ヶ原
文禄・慶長の役にも出陣し、慶長2年(1597年)には蔚山城などで戦功を挙げ、加藤清正や浅野幸長を助けたとされる。しかし戦線縮小案が秀吉の怒りを買い、処罰を受けた。慶長4年(1599年)には石田三成襲撃に加わった。関ヶ原の戦いでは阿波が毛利氏に占領され、家政は出家して高野山へ入ったが、嫡男・至鎮が東軍として参戦したため、戦後に領地は安堵された。
大坂の陣
慶長19年(1614年)の大坂の陣では、豊臣家への恩義から参戦を考えたが、至鎮に反対され、蟄居した。至鎮は徳川方として木津川口の戦いで戦功を挙げている。
人物
伊達政宗から「阿波の古狸」と評された。茶道に造詣が深く、千利休と親しく、茶道具を多数蒐集した。キリスト教の信仰者でもあった。
刀剣との関わり
確認できた典拠に家政の刀剣に関する記述はなく、特定の刀剣は記さない。