※画像はイメージです。横谷宗珉
Yokoya Sōmin
解説
横谷宗珉(よこやそうみん、1670〜1733)は、江戸時代中期に活躍した装剣金工師の第一人者であり、江戸金工に革命をもたらした改革者として金工史に燦然と名を刻む。後藤家(ごとうけ)による格式ばった家彫(いえぼり)の伝統に対し、独自の自由な表現様式「町彫(まちぼり)」を確立し、装剣金工芸術に新時代を開いた巨匠である。
宗珉は京都に生まれ、横谷宗与の子として若くして金工の道に入り、のちに江戸で活躍した。当初は後藤家の様式を学んだとされるが、その伝統的な格式に満足することなく、独自の研鑽を重ねて狩野派の絵画的表現を取り入れた片切彫を創始し、立体的で躍動感あふれる新様式を生み出した。後藤家の彫刻が武家の礼法に則った儀礼的な格調を重視したのに対し、宗珉の作品は自然の生き生きとした美しさや人物・動物の動的な表現を前面に押し出す自由な芸術性に特徴がある。
技法的には、立体的な高彫を駆使して花鳥・龍虎・波浪・人物などを刀装具に躍動感をもって表現した。素材の選択においても卓越しており、赤銅(しゃくどう)・四分一(しぶいち)・金・銀・素銅などを主題に応じて最適に組み合わせた色絵(いろえ)の技法で、類を見ない華麗な色彩効果を生み出した。宗珉の「龍」「虎」「波に千鳥」などの意匠は後世の金工師の必須の学習課題となり、同時代には奈良派の土屋安親・奈良利寿らも独自の町彫様式を展開し、宗珉とともに江戸金工の隆盛を築いた。
宗珉は生前から高い評価を受け、大名家や将軍家からも注文が殺到したと伝えられる。しかし宗珉自身は家柄や権威にとらわれず、自らを「町彫師」と称して市井の工芸家としての矜持を持ち続けた。この姿勢が「町彫」という概念を確立し、後世の江戸金工の発展を促す大きな原動力となった。現在、宗珉の真作は東京国立博物館・刀剣博物館・九州国立博物館・大英博物館など国内外の主要機関に収蔵されており、江戸工芸史の最重要人物のひとりとして国際的な評価を確立している。
代表作
- 宗珉銘 赤銅龍図鍔(東京国立博物館蔵)
- 宗珉銘 四分一波龍図大小揃金具(重要美術品)
- 宗珉銘 赤銅虎図鍔