※画像はイメージです。来国長
Rai Kuninaga
解説
来国長の素性と中島来
来国長(らいくになが)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活動した山城伝(やましろでん)来派(らいは)の刀工である。刀剣ワールドの資料および永楽堂の解説によれば、来国俊(らいくにとし)の門弟に連なる刀工で、来国光(らいくにみつ)と作風が近く、「本阿弥(ほんあみ)家によって来国光に似るも劣る作とされた作品が国長に比定されてきた」と伝わる。「可然物(かくあるべきもの)60名」の刀工にも列せられており、同時代の来派刀工の中で確固たる評価を持つ。
来国長は、後醍醐天皇の建武の新政(1333〜1336年)から足利尊氏による室町幕府樹立という時代の擾乱を避けて京を離れ、摂津国中島(現在の大阪市東淀川区付近)に移り住んで作刀を続けた。この地名に由来する異名「中島来(なかじまらい)」は後世まで広く用いられており、来派の一分派「中島来系」の祖として知られる。
作風と刃文
来国長の作刀は来派の様式を忠実に受け継いでいる。身幅は広く中鋒(ちゅうきっさき)が延び、「輪反りが深く付いた豪壮な姿」を示す。刃文は中直刃調(ちゅうすぐはちょう)を主体に小丁子(こちょうじ)や小互の目(こぐのめ)を交えた繊細な作風で、全体に明るく冴えた刃縁(はみのり)を持つ。地鉄は小板目肌(こいためはだ)が詰み、地沸(じにえ)が微塵に付いた美しい仕上がりで、来国光の清冽な地鉄と共通する品格を持つ。帽子は掃き掛けて小丸に返ることが多い。
刀剣ワールドの名刀データベースには「太刀 無銘 来国長」(ID: 24218)が掲載されており、来国長の作刀の基準を示す資料として参照されている。
代表作と文化財指定
来国長の代表作として最も著名なのは、武田信玄(たけだしんげん)の所用と伝わる「太刀 銘 来国長」で、国の重要文化財に指定されている。戦国時代最大の武将の一人が愛用した刀として、来国長の刀工としての格の高さを端的に示す歴史的遺品である。また「刀 無銘 来国長」が重要刀剣に指定されており、在銘・無銘を問わず複数の現存作が高い格付けを受けていることは、来国長の技術的安定性を示している。
評価と歴史的位置づけ
来国長は来国俊の門弟として山城伝来派の本流に位置しながら、摂津中島への移住によって「中島来」という独自の系譜を確立した刀工として特筆される。後世の刀剣鑑定における「来国光に類するも劣る」という本阿弥家の評価は、作風の類似性を認めつつも独自の個性を持つことを示しており、来派の多様な展開の中で来国長が占める位置の複雑さを物語る。鎌倉末期〜南北朝という激動の時代に京から大阪へと活躍の場を移しながら来派の技術を伝えた刀工として、日本刀剣史の中に確固たる足跡を残している。
代表作
- 太刀「銘 来国長」(重要文化財・武田信玄所用伝来)
- 刀「無銘 来国長」(重要刀剣)