※画像はイメージです。保昌貞清
Hosho Sadakiyo
解説
保昌貞清の素性と保昌派における位置づけ
保昌貞清(ほうしょうさだきよ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期(元亨〜建武年間、1321〜1338年頃)にかけて大和国高市郡(現在の奈良県高市郡)で活動した刀工で、大和五派の一つである保昌派(ほうしょうは)に属する重要な刀工の一人である。名刀幻想辞典「保昌派」の記事、および大和伝関連の複数資料によれば、貞清は保昌貞吉(ほうしょうさだよし)・保昌貞宗(ほうしょうさだむね)と並ぶ保昌派の中核刀工の一人として記録されており、活躍年代は元亨年間(1321〜1324年)頃とされる。
保昌派は、鎌倉時代後期(嘉暦年間頃)に大和国高市郡に住した刀工集団で、「保昌五郎貞宗」(ほうしょうごろうさだむね)が事実上の始祖とされる。大和五派の中では独自の柾目地鉄(まさめじがね)と直刃(すぐは)の伝統を強みとし、備前・相州の豪華な丁子乱れや激しい沸とは異なる端正で精緻な作風を特徴とする。貞清はこの保昌派の伝統の中で、貞吉・貞宗の流れを引き継いだ重要な刀工として位置づけられる。
作風と保昌派の特徴
貞清の作刀は保昌派の正統的な作風を示す。地鉄は柾目肌(まさめはだ)が主体で、詰んで精緻に鍛えられた鉄肌を特徴とする。大和伝に共通する柾目の地鉄は、保昌派においても最も顕著な特徴であり、備前物の板目・流れ肌とは明確に異なる。地沸(じにえ)は均質に付き、「平肉」(ひらにく)がある豊かな鎬筋が同派の特徴とされる。
刃文は沸本位(にえほんい)の直刃(すぐは)が多く、二重刃(にじゅうば)や喰違刃(くいちがいば)が交じることがある。保昌派の直刃は、千手院派や当麻派のものと比較して、沸の質が豊かで刃縁がよく冴えるとされる。帽子は浅く入って小丸に返ることが多い。短刀の制作も多く、末保昌(すえほうしょう)の刀工群が室町時代まで続いた。
代表作と評価
貞清の在銘作としては「銘貞清」の短刀が特別重要刀剣に指定されており、その技量の高さが公的に認められている。保昌派の伝統を体現した柾目地鉄と沸の直刃は、贅沢な備前丁子乱れとは異なる大和伝の精粋を示すものとして、現代の刀剣研究においても重視されている。
大和伝・保昌派の研究においては、貞吉・貞宗が最もよく知られるが、貞清はこれら先達の技を継承した確かな実力者として保昌派の系譜に欠かせない存在である。鎌倉後期から南北朝初期という激動の時代に、大和の地で柾目地鉄の伝統を守り抜いた刀工として、日本刀剣史に名を刻む。
代表作
- 短刀「銘貞清」(特別重要刀剣指定)