※画像はイメージです。大太刀重要文化財
瀬登太刀
Senobori Tachi
別名: 瀬登・南北朝の大太刀・日光二荒山神社の神刀・弥生祭の御神宝
解説
日光二荒山神社の神刀
瀬登太刀(せのぼりたち)は、栃木県日光市の日光二荒山神社に伝わる大太刀。正式名称は「大太刀 無銘(号 瀬登太刀)金銅蛭巻兵庫鎖太刀拵」で、1959年(昭和34年)12月18日に重要文化財に指定された。南北朝時代の作と鑑せられるが、作者を示す銘はない。
造り込みと彫物
刃長は約1.26メートル、反りは約5センチの腰反りで、豪壮かつ優美な太刀姿を示す。鎬造り・庵棟、柾目交じりの板目鍛えで、刃文は互の目交じりの直刃。表には二筋樋と草倶利伽羅に稲妻文、裏には二筋樋と、大太刀には珍しい竹に筍の文様が彫られている。拵は山金造の金銅蛭巻兵庫鎖太刀拵。
名の由来
社伝によれば、日光の僧がある合戦の勝敗を占うため、この太刀を大谷川に投じたところ、刀身が川の流れに逆らって瀬を登ったという。僧はこれを瑞兆として出陣し、大勝を収めたことから「瀬登太刀」の号が付けられたと伝わる。刀身に彫られた大谷川の急流を昇る龍の意匠は、この伝説と呼応する。
弥生祭における役割
日光二荒山神社の例祭「弥生祭」では、男体山中で捕獲した雄鹿の生皮の上に、瀬登太刀・柏太刀・祢々切丸の大太刀三口を並べて神前に供える習わしが伝わる。三口はいずれも南北朝期の大太刀で、日光山の武具信仰を伝える貴重な遺品である。
逸話・伝説
瀬登太刀の号は、日光の僧が合戦の勝敗を占うため大谷川にこの太刀を投じたところ、刀身が流れに逆らって瀬を登ったという伝説に由来する。僧はこれを瑞兆として出陣し大勝を収めたと伝わり、刀身の彫物にも急流を昇る龍が刻まれている。