※画像はイメージです。太刀重要文化財(1955年6月22日指定)
大三原
Ōmihara
別名: 大三原・享保名物帳所載唯一の三原派
解説
三原派の正広
大三原は、南北朝時代に備後国三原(現在の広島県尾道市)で活動した刀工・正広の作と伝わる太刀。三原派の祖である正家の子とされる正広の手になる一口で、刃長約80.9センチメートル、反り2.6センチメートルという長大な太刀であることから「大」の字を冠して呼ばれる。享保名物帳に記載される三原派唯一の作としても知られる。
豊臣秀吉から浅野家へ
本作はもと豊臣秀吉が所持していたが、慶長3年(1598年)の秀吉没後、遺品分けとして紀伊守・浅野幸長に贈られたと伝わる。浅野家はのちに紀伊から安芸広島藩へ移封となるが、同家は江戸時代を通じてこの太刀を伝世した。
金象嵌銘
茎には本阿弥光徳の手による「大三原 二ツ胴 浅野紀伊守拝領」の金象嵌銘が入れられている。「二ツ胴」とは二体を重ねて行う据物斬りの結果を示すものだが、実施した人物の詳細は伝わっていない。
指定と現在
昭和30年(1955年)6月22日に重要文化財に指定され、現在は東京国立博物館の所蔵となっている。
逸話・伝説
金象嵌銘に見える「二ツ胴」は、罪人などの遺体を二体重ねて据物斬りを行い、両断し得たことを示す試し斬りの記録とされるが、誰がこの試し切りを行ったかは記録に残っておらず、太刀の凄まじい斬れ味だけが銘という形で今に伝えられている。