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日本刀にまつわる戦・事件・歴史的出来事
4件のイベント
永禄年間(1558〜1570年)頃
戦国時代中期の永禄年間(1558〜1570年)、上泉伊勢守信綱(1508年頃生)が陰流を発展させて新陰流を創始した。信綱は革袋に入れた割竹(袋竹刀)を考案して稽古に革命をもたらし、「殺人刀」ではなく相手を制する「活人剣」の思想を体系化した。永禄7年(1564年)には足利義輝の前で天覧演武を行い、その後、柳生宗厳に奥義を伝えて柳生新陰流の基礎を築いた。
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天正16年7月8日(1588年8月29日)
刀狩令の目的は、農民・寺社から武器を没収して一揆を防ぎ、兵農分離=武士と農民の身分を制度的に確立することにあった。天正16年(1588年)7月に豊臣秀吉が発令した日本刀史上最大の社会変革であり、集めた刀は方広寺大仏の釘・鎹に転用するという名目で断行され、近世身分制社会の礎となった。
天正13年(1585年)11月29日
天正13年(1585年)11月29日(旧暦)に発生した天正大地震は、マグニチュード推定7.8〜8.1の巨大地震であり、北陸・東海・近畿の広域に甚大な被害をもたらした。飛騨・越中・近江などの城郭や集落が倒壊し、推定死者数は数千〜1万人以上とも言われる。豊臣秀吉による天下統一直前の時代に発生したこの地震は、名城・名刀の散逸や武将の命運にも深刻な影響を与えた。
天文12年8月25日(1543年9月23日)
天文12年(1543年)、ポルトガル人を乗せた中国船が種子島(現・鹿児島県)に漂着し、日本に初めて火縄銃(鉄砲)がもたらされた歴史的事件。島主・種子島時堯が2挺の鉄砲を購入し、島内の刀工・八板金兵衛らが短期間で国産複製に成功した。鉄砲の普及は戦国時代の戦争様式を根本から変え、長篠の戦い(1575年)での織田信長による鉄砲隊の組織的運用がその頂点となった。日本刀を主軸とした個人武勇の時代から、集団戦・遠距離兵器の時代への転換点となった事件である。