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日本刀にまつわる戦・事件・歴史的出来事
4件のイベント
明和9年(1772年)2月29日(旧暦・新暦4月1日)
明和9年(1772年)2月29日(新暦4月1日)、江戸・目黒行人坂の大円寺から出火した大火は、翌日の正午まで燃え続け、江戸の約3分の1を焼き尽くした。死者14,700人、焼失家屋は10万軒以上に及ぶ江戸最大級の大火「明和の大火(目黒行人坂大火)」は、江戸に集積していた刀工工房を多数焼失させ、幕末に向けた江戸刀工集団の再編を余儀なくさせた歴史的事件である。
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慶長8年(1603年)2月12日
慶長8年(1603年)2月12日、徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開いた。関ヶ原の戦いから2年余りを経て実現したこの政権確立は、以後260余年にわたる江戸時代の礎となった。幕藩体制の整備、武家諸法度の制定、参勤交代制度の法制化により、武士身分と刀装文化は高度に制度化され、日本刀は武器から武士の権威と美の象徴へと昇華していった。
天明元年(1781年)頃〜文政年間(1818〜1830年)
天明元年(1781年)に江戸へ出府した水心子正秀(1749〜1823年)は、当時の刀剣界に漂う華美・形式主義を批判し、「日本刀は古刀の昔に復するべき」とする「刀剣復古論」を提唱した。『刀剣実用論』『剣工秘伝志』などの著作を通じて古刀期の鎌倉・南北朝様式への復帰を説き、全国から100名を超える弟子が工房に集まった。正秀の理論は、大慶直胤・源清麿らと並ぶ「江戸三作」の名工を生み出し、衰退していた日本刀文化を劇的に再生させた。刀剣史における「新刀」から「新々刀」への分水嶺として位置づけられるこの運動は、幕末の刀剣需要急増と相まって、廃刀令前夜までの刀剣黄金期を生み出した。
享保4年(1719年)11月3日
享保4年(1719年)11月3日、8代将軍徳川吉宗の命を受けた本阿弥光忠が「享保名物帳」を編纂・献上した。平安時代以降の名刀274振(現存刀168口・焼失80口・追記26口)を銘・来歴・寸法・評価額とともに体系的に記録したこの名刀目録は、江戸幕府の享保の改革を背景に、武士の刀剣鑑識眼の涵養を目的として作成された。現代でも刀剣研究の必須資料として参照され続ける「日本刀のバイブル」として、日本刀文化の体系化における金字塔的事業となった。