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※画像はイメージです。慶応3年(1867年)12月、大政奉還によって表向きは平和裏に幕府権力の移譲が進むかに見えた江戸の町で、水面下では倒幕派と佐幕派の緊張が限界に近づいていた。その緊張が一気に噴き出したのが、同年12月25日(新暦1868年1月19日)に起きた三田薩摩藩邸焼き討ち事件である。この事件は、翌月に勃発する鳥羽・伏見の戦いの直接の引き金になったとされる、幕末最後の「江戸の市街戦」だった。
慶応3年10月の大政奉還により、徳川慶喜は政権を朝廷に返上した。しかし、これで武力衝突が回避されたわけではない。薩摩藩を中心とする倒幕急進派は、あくまで武力による徳川家排除を目指しており、西郷隆盛らは江戸市中を混乱させることで幕府方を挑発し、開戦の口実を作ろうとしたと伝えられている。
その実行役を担ったのが、薩摩藩士の伊牟田尚平や益満休之助らが率いる浪士集団だった。江戸市中の商家や富商を狙う強盗、放火、幕府方要人への襲撃計画などが相次ぎ、市中の治安は急速に悪化していった。当時の江戸の人々はこれを自嘲交じりに「御用盗」と呼んだと伝わる。
12月23日の夜、江戸城二の丸で火災が発生する。出火の原因は明らかではないが、薩摩藩系の浪士の関与が強く疑われた。同じ頃、市中取締りにあたっていた庄内藩の屯所(三田同朋町)が浪士側から銃撃を受け、庄内藩士に死傷者が出る事態となった。
これらの事件が幕府方・佐幕派の怒りに火をつけた。江戸市中取締りを一手に担っていた庄内藩を中心に、上山藩・鯖江藩など複数の藩兵が動員され、浪士たちの拠点と目された三田の薩摩藩邸への攻撃が決定される。
12月25日未明、庄内藩を主力とする幕府方の部隊は三田の薩摩藩邸を包囲した。藩邸側は抵抗したものの兵力差は歴然としており、まもなく砲撃と放火によって藩邸は炎に包まれた。この戦闘で藩邸内にいた者の多くが討ち取られ、あるいは捕縛され、一部は江戸湾に停泊していた薩摩藩の船で辛くも脱出したと伝えられる。
当時の江戸の武士たちは、平時の登城や市中巡回でも打刀と脇差の大小二刀を帯びるのが通例であり、藩邸の警固にあたる藩士たちも同様の装いであったと考えられる。もっとも、この戦闘の主体はすでに小銃や大砲による銃撃戦・砲撃戦であり、刀剣が主兵装として振るわれた場面は限定的だったとみられる。幕末の武装が刀剣から火器へと移行していく過渡期の実態を象徴する一幕といえるだろう。
当時の史料には、江戸市中を巡回していた新徴組といった幕府方の組織が、浪士の跳梁を取り締まるために度々出動したことも記されている。こうした組織もまた大小の刀を基本装備としており、江戸の治安維持は最後まで刀剣を携えた武士たちの手に委ねられていたことがわかる。
三田藩邸焼き討ちの報は、数日のうちに大坂城にいた徳川慶喜や会津藩・桑名藩など佐幕派諸藩に伝わった。これを「薩摩藩の不法行為」とみなした佐幕派の怒りは頂点に達し、薩摩藩討伐を求める声が一気に高まる。
この経緯を時系列で整理すると、事態がいかに急速に開戦へなだれ込んだかがわかる。
わずか10日ほどの間に、江戸の市街戦が京坂の本格的な内戦へと拡大したことになる。三田薩摩藩邸焼き討ち事件は、単なる一地方の騒擾ではなく、戊辰戦争という大乱の導火線に火をつけた事件として、幕末史のうえで重要な位置を占めている。
三田藩邸を焼き討ちした庄内藩は、これを機に朝敵として追討の対象となり、戊辰戦争では奥羽越列藩同盟の一員として新政府軍と戦うことになる。同盟軍の中でも庄内藩は善戦したものの、最終的には降伏し、明治新政府による処分を受けた。
このとき庄内藩の処分にあたったのが、皮肉にも三田藩邸焼き討ちの標的とされた薩摩藩の西郷隆盛であった。西郷は庄内藩に対して寛大な処置で臨み、藩主の身分や家名の存続に配慮したと伝えられる。この対応に感銘を受けた庄内藩の旧藩士たちは、のちに西郷の言行録「南洲翁遺訓」を編纂し、後世に伝えた。江戸で藩邸を焼かれた薩摩藩と、その報復として朝敵となった庄内藩が、戦後に深い縁で結ばれるという逆説的な後日談は、幕末史の複雑さを物語っている。
三田薩摩藩邸焼き討ち事件は、大政奉還後も収まらなかった倒幕派と佐幕派の対立が、ついに江戸の市街で武力衝突に転化した事件である。浪士による攪乱工作、庄内藩屯所襲撃、藩邸焼き討ちという一連の流れは、そのまま鳥羽・伏見の戦い、そして戊辰戦争へと直結していった。幕末という時代の転換点を理解するうえで欠かせない出来事の一つといえる。
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