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※画像はイメージです。日本刀の茎(なかご)には、多くの場合、作者の名前などが鏨で刻まれている。これが銘である。銘は刀工が自らの作であることを示す署名であり、鑑定や真贋の判断において、最も重要な手がかりの一つとされる。
銘の刻み方は、刀工や時代によって幅がある。その中でも、刀工の名前を二文字で刻んだものを二字銘、名前に加えて居住地や年紀、所属などを長く刻んだものを長銘と呼び分けることがある。ただし、これらは厳密に定義された公式の分類というより、鑑賞や取引の場で使われる便宜的な呼び方である。
どちらが優れているという基準ではなく、銘の形式は作者や時代の習慣、注文の事情を反映している。
二字銘は、作者の名前だけを短く切るもので、すっきりとした印象を与える。茎の限られた空間に、鏨の運びが一目で見えるため、書体や鏨の勢いといった作者固有の癖を比較しやすい。
鑑定の場面では、銘の字体そのものが重要な判断材料になる。同じ刀工の銘でも、年代によって字の形が変わることがあり、晩年と若い頃で書き癖が異なる例も知られている。二字銘は文字数が少ないぶん、一字一字の筆致が全体の印象を決めるため、特徴を読み取る作業は繊細になる。
また、二字銘は偽銘が作られやすい側面もある。文字数が少なく、短い銘は模倣が簡単だからである。一般に、有名な作者の銘ほど後世に偽の銘が刻まれる例が多く、銘だけで真贋を判断することは危険とされている。刀身の出来と銘が調和しているかを、あわせて確認するのが基本である。
長銘は、作者名のほかに、さまざまな情報が付け加えられる。代表的なものは次のようなものである。
こうした情報を含む長銘は、刀の来歴を知る手がかりとして、資料的な価値が高い。いつ、どこで、誰が作ったかが銘から分かる刀は、同じ作者の他の作品との比較にも役立つ。
一方で、長銘は文字数が多いぶん、茎の面積が必要になる。茎が短い刀や、のちに茎を切り詰めた刀では、長銘が途中で切れていたり、一部の文字が失われていたりすることがある。
銘は、茎のどの面に、どちらの向きで刻まれるかにも決まった習慣がある。基本的な考え方は、刀を身につけたときに外側になる面に銘を切る、というものである。
太刀は刃を下に向けて腰から吊るす(佩く)ため、佩いたときに外側になる面に銘が切られる。これを佩表と呼ぶ。一方、刀は刃を上に向けて帯に差すため、差したときに外側になる面に銘が刻まれる。こちらは差表と呼ぶ。このため、同じ作者が太刀と刀を作った場合、銘が切られる面は逆になる。
この習慣は、銘の向きから「もとは太刀として作られたか、刀として作られたか」を推測する手がかりにもなる。ただし、のちの時代に太刀を刀として仕立て直す際に、茎を磨上げて銘の位置が変わった例もあるため、銘の位置だけで断定はできない。
刀の寸法を詰める磨上げは、茎を短くする加工である。このとき、銘が茎の先にあると、そのまま失われてしまうことがある。そのため、元の銘を残すために、銘の部分を折り返して新しい茎に残す方法や、銘を切り抜いて貼り付ける方法が取られることがある。
銘が失われた刀は、後世の鑑定によって「極め」が付けられることもある。この場合は、銘ではなく、地鉄や刃文、姿などの総合的な判断で作者や流派が推定される。
実際に日本刀の銘を見るときは、次の点に注意するとよい。
銘は、刀の価値を大きく左右する情報だが、それだけで全てが決まるわけではない。在銘であっても出来が優れないものもあれば、無銘でも評価の高い作品もある。銘を絶対視せず、刀身そのものを見る目を養うことが大切である。
二字銘は凝縮された簡潔さに、長銘は豊富な情報に、それぞれ見どころがある。茎という普段は柄に隠れている部分に、作者の個性や時代の習慣、注文の事情が込められていると考えると、刀を見る楽しみが広がる。
刀剣一覧のオンラインカタログで気になる一振りを見るときは、刀身の写真だけでなく、茎の写真にも目を向けてみるとよい。銘の形式や位置、字体を比べていくうちに、少しずつ銘を読み解く感覚が身についていく。