※画像はイメージです。戦国時代1523–1579
上杉憲政
Uesugi Norimasa
解説
上杉憲政(うえすぎ のりまさ、1523年〜1579年)は、戦国時代の武将・大名で、山内上杉家の当主にして関東管領を務めた。室町幕府の下で関東を統括する関東管領の地位にありながら、新興勢力である後北条氏の台頭に押され、関東における上杉氏の権威の衰退と、それを越後の長尾景虎(後の上杉謙信)へ託す転換を体現した人物である。
後北条氏との抗争
関東管領としての憲政は、相模から関東へ勢力を広げる北条氏康と長く対立した。1546年の河越城の戦い(河越夜戦)では、扇谷上杉氏や古河公方と連合して北条方を包囲したが、氏康の夜襲によって大敗を喫した。この敗北は山内上杉家の勢力を大きく後退させ、やがて憲政は本拠の上野国平井城を追われ、越後の長尾景虎を頼って亡命することとなった。
上杉の名跡と関東管領職の継承
1561年、憲政は越後の長尾景虎を養子に迎え、上杉の家督と関東管領の職を譲った。この継承は鎌倉の鶴岡八幡宮で正式な儀式として執り行われ、景虎は上杉政虎、後に上杉謙信と名を改めた。これにより、関東における上杉の権威は越後の謙信へと受け継がれ、謙信の関東出兵の大義名分を支えることになった。
最期と後世
家督を譲った後、憲政は隠居して上杉家の長老的存在となった。1578年の謙信の死後に起こった御館の乱では、上杉家の家督争いに巻き込まれ、1579年に没したと伝えられる。関東管領としての武運には恵まれなかったが、上杉の名跡と関東管領職を謙信へ継がせた点で、戦国期の関東情勢に大きな影響を残した人物である。