※画像はイメージです。戦国時代?-1589?
鈴木孫一
Suzuki Magoichi
雑賀衆の鉄砲大将・石山合戦で織田信長を苦しめた戦国最強の傭兵集団を率いた鉄砲の名手
解説
鈴木孫一(生没年不詳、1589年頃没)は戦国時代に紀伊国雑賀を本拠とした雑賀衆の統領で、鉄砲の名手として名を馳せた武将。雑賀衆は本願寺勢力と結んで石山合戦(1570-1580年)で織田信長と激しく対立し、その卓越した鉄砲隊は信長軍を幾度も苦しめた。組織された鉄砲の一斉射撃戦術を駆使し、当時最強と呼ばれた織田軍の侵攻を10年にわたり阻み続けた功績は極めて大きい。石山合戦の終結後は各地を転々とし、後に豊臣秀吉に仕えたとも伝わる。「鈴木孫一」の名は複数の人物の総称とも言われ、その実像には謎が多い。戦国時代における鉄砲戦術の発展と普及に大きく貢献した、日本の火縄銃文化を代表する戦国武将のひとりである。
所持した刀剣
- 雑賀衆伝来の打刀(鉄砲戦術と組み合わせた接近戦用の実戦刀)
- 紀州刀工による脇差(傭兵統領として常備した護身の一振り)