※画像はイメージです。南北朝時代1331-1358
新田義興
Nitta Yoshioki
南朝方の勇将・謀略で斃れた新田義貞の次男
解説
新田義興(1331-1358)は南北朝時代の武将で、南朝方の英雄・新田義貞の次男。父の戦死後も南朝のために関東で戦い続け、足利方の武蔵国支配に抵抗した。1358年、関東管領・畠山国清の謀略によって矢口の渡し(現東京都大田区)で船を沈められ、水中に没して27歳で非業の死を遂げた。その死は無念・怨念として語り継がれ、矢口の渡し付近に祀られる新田神社の縁起にもなった。義貞から受け継いだ名刀を帯び、南朝武士として忠義を尽くした姿は後世の刀剣物語にも登場する。怨霊伝説を持つ武将として、剣と悲劇の物語の象徴的存在となっている。
所持した刀剣
- 新田義貞より伝来の名刀(南朝方の忠義刀)