※画像はイメージです。戦国時代後期1523-1570
森可成
Mori Yoshinari
織田信長の猛将・宇佐山城主
解説
森可成(1523-1570)は、織田信長の重臣として「鬼武蔵」の異名を持つ森長可の父であり、信長に「武勇は当世随一」と称えられた猛将である。信長の旗本衆を率いる立場から、多くの合戦で先鋒を務めた武勇の人であった。その三男・森蘭丸は信長の小姓として知られる。
可成は1552年頃から信長に仕え始め、桶狭間の戦い(1560年)や稲生の戦いなどの主要な戦役に参加した。信長の尾張統一から美濃攻略にかけての一連の戦役で武功を重ね、宇佐山城(近江国、現在の滋賀県大津市)城主に任じられた。
1570年、越前の朝倉義景・近江の浅井長政が連合して信長に反旗を翻すと、可成は宇佐山城を守備する立場となった。同年9月、坂本(現在の大津市)において朝倉・浅井連合軍と交戦(宇佐山城の戦い)し、衆寡敵せず壮絶な戦死を遂げた。その死は信長を大いに悲しませたと伝えられている。
刀剣との関わりでは、可成は織田家の重臣として当代随一の刀剣を所持したと考えられる。信長が収集した名刀を含む織田家の刀剣文化の中心にいた可成は、実戦的な刀剣の使い手であるとともに、名刀の鑑賞者でもあったとされる。息子の蘭丸が「信長の宝」として寵愛されたように、森家は織田家の刀剣文化において重要な役割を担っていた。
所持した刀剣
- 織田家伝来の名刀
- 宇佐山城の陣刀