※画像はイメージです。南北朝
児島高徳
Kojima Takanori
『太平記』だけに見える南北朝の武士——「天莫空勾践」の詩で知られる
解説
児島高徳は、南北朝時代の武士とされる人物である。出自は備前の人で、邑久郡の出身とする記述がある。生没年は未詳。
太平記の記載と実在性
高徳の事跡は『太平記』にしか見えない。隠岐へ流される後醍醐天皇の行列を追い、奪い返そうとしたが果たせなかったと記される。実在を疑う説と実在説がある。『洞院公定公記』にある『太平記』作者「小島法師」と同一人物とする説もあるが、確定はしていない。父の名は辞典ごとに食い違う。
「天莫空勾践」の逸話
美作の院の庄(現・津山市)の行在所の桜の木に、「天莫レ空二勾践一、時非レ無二范蠡一」の十字詩を記したとされる。
後世の評価
この挿話は国定教科書を通じて国民に広まり、皇国史観のもとで「忠臣」として喧伝された。
顕彰
院庄館跡(津山市神戸)は国指定史跡である。館跡には明治2年創建の作楽神社がある。