※画像はイメージです。戦国時代1489-1548
板垣信方
Itagaki Nobuhira
武田二十四将の筆頭・信玄の懐刀として躍進した信濃攻略の英将
解説
板垣信方(1489-1548)は武田晴信(信玄)の最重臣の一人で、武田二十四将筆頭に数えられる名将。武田信虎・晴信(信玄)の二代にわたって仕え、信玄の父・信虎を甲府から追放するクーデターでも重要な役割を果たした。信濃攻略における主要な軍事行動を先導し、村上義清との上田原の戦い(1548年)で武田方の先鋒として奮戦したが、同戦において討ち死にした。武田家中随一の智勇を備えた武将として敬われ、その死は信玄にとって大きな打撃であったとされる。武田氏御用達の相州伝・甲州刀を愛用し、実戦に裏打ちされた刀選びは後に武田家中の剣法・刀剣文化に大きな影響を与えた。
所持した刀剣
- 相州伝太刀・甲州打刀(武田家中の実戦刀)