※画像はイメージです。高橋貞次
Takahashi Sadatsugu
解説
高橋貞次(たかはしさだつぐ)は、明治三十五年(一九〇二)四月、愛媛県西条市(旧新居郡大町村)に生まれた現代刀工である。本名は金市、貞次は刀匠としての号である。大正六年(一九一七)、十五歳のときに帝室技芸員の月山貞一(初代)・貞勝父子の門に入り、月山家伝来の作刀技術と、月山派が得意とした刀身彫刻の基礎を修めた。修業ののち東京の中央刀剣会の養成工となって研鑽を重ね、昭和十一年(一九三六)に郷里へ鍛錬場を開き、独立した刀工として「貞次」を名乗った。昭和の刀剣界を代表する一人であり、昭和四十三年(一九六八)八月に没した。
その栄誉のなかでもっとも特筆されるのは、昭和三十年(一九五五)、刀剣の分野において初めて重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)に認定されたことである。これは作刀という技術そのものが国家によって守るべき無形の文化財として公に認められた画期であり、貞次はその第一号の保持者となった。これに先立つ昭和十三年(一九三八)の第一回刀剣展では内閣総理大臣賞を受け、昭和十九年(一九四四)には熱田神宮大鍛刀場の主任刀匠に任ぜられている。社寺の御神宝刀の鍛造も数多く手がけ、昭和二十六年(一九五一)の伊勢神宮式年遷宮に際しては御神宝の宝刀を鍛え、鎌倉(鶴岡)八幡宮の御神刀をはじめ多くの御用の宝刀を残した。さらに皇室の守り刀をも鍛造し、現存する作には「龍泉貞次謹鍛之」と銘し皇孫殿下の御守刀として鍛えた一口が知られる。
作風においては、五箇伝のいずれをもよくしたが、なかでも備前伝に長じ、華やかな丁子乱れの刃文を得意とした。地鉄は精美に練れて沸の働きに富み、古作に範をとった格調の高い作を旨とした。加えて、師の月山派ゆずりの刀身彫刻にも非凡な技倆を示し、龍などの彫物を巧みに添えて独自の趣を加えている。鍛えと刃の冴えた、品位ある作刀は現代刀工のなかでも屈指のものとして評価が高い。
総じて貞次は、最上作に位置づけられる現代刀匠の第一人者であり、戦後における日本刀の復興と刀剣保存運動を象徴する存在であった。刀剣分野で最初の人間国宝という事実は、近代以降の作刀技術が伝統美術として再び確固たる地歩を得たことを示すものであり、その名は今日なお現代刀の指標として語り継がれている。
代表作
- 刀(人間国宝作品・大和伝)