※画像はイメージです。当麻
Taima
解説
当麻国行は大和国當麻(現在の奈良県葛城市)に住み、当麻派を興した刀工と伝える。当麻派は大和国に興った大和五派(千手院・尻懸・手掻・保昌・当麻)の一つで、その名は一派が拠点とした古刹・当麻寺(當麻寺)に由来する。隆盛期は鎌倉時代後期から南北朝時代にかけてで、祖の当麻国行はもと山城伝・来派の刀工であったが、正応(一二八八〜一二九三)頃に大和国當麻へ移り住み一派を立てたと伝えられる。大和の諸派に共通して、当麻派も寺院に属する僧兵の実戦刀の需要を背景に作刀を行った大和鍛冶であり、当麻寺の抱え鍛冶という性格が後述する無銘作の多さにもつながっている。
作風は大和伝の本質をよく示す。地鉄は板目肌が刃方へ向かうにしたがって柾目肌に流れる精強な鍛えで、これを古来「当麻肌」と称する。刃文は直刃を基調にしながら小乱れ・小互の目を交え、刃縁には二重刃・喰違刃・打ちのけといった大和伝特有の働きが現れる。地刃には沸がよくつき、金筋・砂流しが頻りにかかって、地鉄の柾がかった肌目と相俟って覇気のある景色をつくる。姿は身幅が広く、猪首鋒となる健全な太刀姿を示すものが多く、大和五派の中でも最も剛健で力強い造込みとされる。
大和伝そのものが流れる柾目肌の地鉄を最大の特徴とし、地景・金筋などの働きを地刃に豊かに見せる伝法であり、当麻派はその典型を体現する一派といえる。寺院・僧兵との結びつきの深さから、当麻派には友清・友綱・友長・友行・俊行・有俊など「友」「有」の字を冠する刀工が多く名を連ねるが、当麻寺の抱え鍛冶であったために作刀の大半は無銘で、在銘作は極めて稀である。このため今日伝わる当麻物の多くは後世の鑑定によって極められた無銘極めであり、有銘の確実な遺品が乏しい点も当麻派の大きな特色となっている。
評価としては上作に位置づけられ、大和五派の中でも作域の剛健さと地刃の沸の見事さで高く評される。祖の当麻国行は数少ない在銘の名手として知られ、その太刀「銘 国行」(当麻国行)は国宝に指定され、刀剣博物館(公益財団法人日本美術刀剣保存協会)に所蔵されている。柾目を基調とする確かな鍛えと豊かな働きを備えた当麻派の作は、大和伝を代表する作風として今日まで高い評価を受け継いでいる。
代表作
- 太刀・短刀(重要文化財)