※画像はイメージです。関孫六兼元
Seki Magoroku Kanemoto
解説
孫六兼元(まごろくかねもと)は、美濃国関(現在の岐阜県関市)を拠点とした兼元一派の刀工で、通称「孫六(まごろく)」として広く知られる。兼元の名は文明年間(一四六九〜一四八七年)に活動した初代に始まり、以後同名を継ぐ工人が二十代以上にわたって室町時代から江戸時代、さらに明治期まで続いたと伝えられる、関鍛冶を代表する家系である。「和泉守兼定」と並び、関を代表する二大ブランドの一つに数えられる。
二代兼元と「孫六」の名
なかでも特に著名なのが二代兼元で、大永三年(一五二三)二月から天文七年(一五三八)二月にかけての年紀作が確認されており、末関物を代表する刀工の一人に数えられる。武田信玄・豊臣秀吉をはじめ多くの戦国武将に愛用され、実戦本位の刀としての名声を確立した。今日「孫六兼元」の名で広く知られるのは、主にこの二代の作を指す。
作風——三本杉と関の伝統技術
地鉄は小板目が精緻に詰んで地沸がよく付く、関物らしい堅牢で清澄な肌合いを示す。刃文は互の目尖り刃が一定間隔で連なる『関の孫六三本杉』を最大の特徴とし、初代の作ではその並びがやや不揃いであったのに対し、代を重ねるにつれて規則正しく整えられていったとされる。沸が細かく均一に付き、刃縁が明るく冴える点も特色である。片手打ちの打刀が主流となった時代にあって、比較的長寸の両手打ちを多く手掛けた点も特徴として知られる。
評価と現存作
孫六兼元は江戸時代の刀剣評価において最高位の切れ味を示す「最上大業物」に位列し、切れ味の面で特に高い評価を受けてきた。武田信玄・豊臣秀吉のほか、黒田長政・前田利長ら戦国大名から江戸期の武家に至るまで幅広い層に愛刀として珍重され、その評価はブランドとしての地位をさらに高めた。現存する在銘作には「刀 銘 関孫六兼元」(最上業物)や「短刀 銘 孫六兼元」(重要文化財)などがあり、関鍛冶の伝統を完成させた「業物」の代表的存在として、今日も日本刀史上きわめて重要な位置を占めている。
代表作
- 刀 銘 関孫六兼元(最上業物・国宝)
- 短刀 銘 孫六兼元(重要文化財)