大坂新刀新刀
陸奥守包保
Mutsu no Kami Kaneyasu
解説
系統・流派
陸奥守包保(むつのかみかねやす)は、本国を大和とし手掻派の末流と伝えられ、後に摂津国大坂へ移住した刀工である。「左陸奥」の通称で知られる。
特徴
銘や鑢目を鏡に映したような逆文字で切ることから左利きであったと考えられており、この特徴から「左陸奥」と称される。紙に書いてもらった手本の文字がそのまま裏返しに写ってしまい、逆字のまま銘を切るようになったとの言い伝えがある。
評価
濤乱刃風の作柄を得意とし、大坂物らしい澄んだ地鉄を特徴とする。河内守国助・一竿子忠綱らと並び、大坂新刀を代表する上作刀工の一人に数えられる。寛永年間(1624〜1645年)頃に活動した。
関連する刀工
和泉守国貞
大坂新刀(摂津国)。大坂を中心とした上方新刀の伝統を継承し、精緻な地鉄と冴えた刃文で知られる摂津派の流れを汲む。師である堀川国広から受け継いだ鍛冶技術を更に洗練させ、大坂随一の名工として知られた。Izumi no Kami Kunisada
江戸時代前期(17世紀前半〜中期)。大坂新刀の黄金期にあたり、泰平の世における刀剣需要は実用よりも美術工芸品としての側面を強めており、国貞はその時代精神を体現した研磨された技巧で名声を博した。
堀川国広
相州伝系(新刀)Horikawa Kunihiro
桃山〜江戸初期(新刀創成期)
大和守吉道
その他Yamato no Kami Yoshimichi
江戸前期
近江守継廣
越前新刀(越前下坂系)Ōmi no Kami Tsuguhiro
江戸時代中期