※画像はイメージです。長船兼光
Osafune Kanemitsu
解説
兼光は南北朝時代、備前国の長船派を代表する刀工である。祖は長光、その孫にあたり、景光の子と伝える。「左衛門尉」を称し、延文年間(一三五六〜六一)を中心に活躍したことから「延文兼光」とも呼ばれる。古来、作風の変化を根拠に初代・二代を分ける説が唱えられてきたが、現在は一代の刀工が時代の中で作域を広げたとみる見方が有力である。年紀作は南北朝の盛期に集中し、長船鍛冶が最も隆盛した時期を体現する名工といえる。
作風は前後で大きく変化する。初期は父・景光から受け継いだ匂本位の片落ち互の目や、祖父・長光以来の丁子刃を焼き、帽子は小丸に返る穏やかな作が多い。延文頃からは作域が一変し、相州伝の沸の働きを備前伝に取り込んだ「相伝備前」と称される、地刃ともに沸づいた覇気ある作風へと展開する。刃文はのたれに互の目を交え、三尺を超える豪壮な大太刀を鍛えた。地鉄には「牡丹映り」と呼ぶ独特の映りが立ち、刀身に彫刻を施した作も少なくない。南北朝の大太刀は後世に大磨上げされて打刀に直された例が多い。
現存する代表作はいずれも重要文化財に指定され、国宝の指定を受けた在銘作は確認されていない。なかでも「福島兼光」は東京国立博物館が所蔵し、福島正則の佩刀と伝える享保名物帳所載の名物である。「一国兼光」は文和四年(一三五五)の年紀をもつ太刀で、「一国にも値する」との土佐藩の故事から名づけられ、高知県立高知城歴史博物館に伝わる。「大兼光」はその長大な姿で知られ、豊臣秀吉らの手を経て後に大磨上げされ、本阿弥光温の金象嵌銘を加えられた享保名物帳の名物で、現在は佐野美術館の所蔵である。上杉家には延文年間の大太刀が伝来し、現存が確認されるものはいずれも重要文化財となっている。
同時代の長船一門には、貞治五年(一三六六)銘の大太刀(重要文化財)を残した倫光や、相州伝を能くした長義らがあり、南北朝備前の隆盛を共に支えた。兼光は切れ味の優れた工としても名高く、「波遊ぎ兼光」「鉋切り兼光」など武勇譚を伴う異名の作を伝え、後世の截断極めで最上大業物に位置づけられた。南北朝期備前を代表する工として、その評価は今日まで揺るがない。
代表作
- 太刀(国宝級多数)